第15話

「もう! 来るなら連絡してよ!」

「お前が帰ってくるとばかり思ってたんだぞ! それを急に今年は帰らないとか言い出して。だから、わざわざ来てやったのに……なんだその言い草は!」

「わかった。それは悪かったわよ。でも、見合いって……そんな急に言われても」

「急じゃない。半年以上前の正月にちゃんと言ったぞ」


 言ったけど……その時は智也に出会ってすらいなかったし……それに、来年のお正月にって、話だとばかり思っていたのに。


「そ、そうだけど……」

「ま、とりあえず飯でも、な、な」


 何か急に態度が軟化したんだけど、どういう風の吹きまわし?


 その風はファミレスのご飯を食べたらおさまるどころではなかった。さらに強く吹き荒れた。


「え? 服? 要らないわよ。持ってるんだから」

「お前そんな服ばっかり着てるから彼氏も出来ないんだ。紗子が言ってたぞ」


 紗子とはもう嫁に行ってしまった二つ下の妹のこと。紗子、余計なこと言わないでよ! って言うかお父さんが服買ってくれるのって見合いの為じゃない? い、いつなの? 服ってことはお正月じゃないよね。どう考えても半袖の夏服しか売ってないだろうし。見合いっていつなの?


 百貨店の中にある高級そうな服を前に困り果てる私。買ってもらって、見合いに行かないわけにはいかなくなるじゃない! なんだかんだと文句をつけて買わないで過ごす。父も自分のチョイスには自信がないんだろう、店の人が勧めるままに私に着せようとする。やっぱりお見合いの服じゃない。


 紗子の言ってた彼氏が出来ない服装発言に、傷ついていた私の心は少し回復する。まあ、紗子は本音を言ったんだろうけど……服買い直そうかな。智也気にしてるのかな? 智也って何気にオシャレだし。気にしてる? でも、一緒に出かけても気にしないよね? ああ、目の前のきらびやかな服を見ていると私のクローゼットの地味な服がチラつく。ここまでじゃないけど……もっと洋服にお金をかけた方がいいのかな……。


 私の悩みは別の場所に心を移してしまっていた。


 その間に父は何やら店員さんと密談。パシャっと音が聞こえたかと思うと何やらメールを送っているみたい。父って、メールしかも写メまで送れるんだと感心していたら、どうやら返事がきたみたいだった。


「梨央奈! これいいぞ!!」

「誰に確認とったのよ!?」

「紗子だよ」


 やっぱりね。って、紗子暇なの? あ、今、実家にいるんだ。だから、お見合いの話も聞いているんだ。


「いいよお!」

「一回着てからだ」

「えー! もう!」


 この年になって父と買い物、しかも服を買うことになろうとは……。それにしても服選びに紗子を待機させておくなんて……今日中に買わせる気だな。今日は帰ってくれそうだ。いろんな物を智也の家においてきたので、父に泊まるとか言われたらどうしようかと思った。まあ、布団もないから拒否できるけどあまり長い時間家に父がいたら、さすがに物がないことに気づかれそうだったし。さっさと買って済ませようかな。あ、でも家に入られても困る。


 というわけで趣味じゃないとか、若過ぎるとか、紗子の趣味をことごとく否定して回る。それにしても服の写真よく撮らせてもらえるよね。ま、まさか見合いがどうのとか言ってるんだろうか。は、恥ずかしいんだけど。でも、ここで折れるわけにはいかない!


「あ! コレ!!」


 そう思っていたのに、思わず可愛いワンピースの前で立ち止まってしまった。店員さんが勧め父が選び紗子のゴーサインがでる服は、やっぱり紗子の好みだし全体的に派手だった。私の好みではなかったから拒否しやすかったんだけど、思わず自分好みの服を前に反応してしまった。私も女なのよね……やっぱり。


「コレかあ。まあ、少し地味だが梨央奈の歳を……」

「なに?」

「いや、いい。着てみたらどうだ。な!」


 どうせ二十九ですよーだ! 紗子の選ぶ服とは違います!


 試着室に入り着替える。うわ! こんなワンピース着たのいつだろう? 女子大の卒業パーティーの時じゃない? ああ、智也に見せたいなあ。で、でも、恥ずかしい。家で着るものじゃないし……やっぱり見合い用だね。


「梨央奈! まだか!!」


 もう! なんでお父さんなのよ!

 シャッとカーテンを開けるとそこには携帯を構えた父がいる。えー! 紗子に確認するの? また何を言われるか……。

 パシャと写メを送る父に店員さんが「よくお似合いですよお!」と営業スマイルを輝かせる。

 返事がきた。紗子、スタン張りすぎ。


「おー。じゃあコレください」


 どうやら紗子のゴーサインがでたようだった。もうやけっぱちじゃない? 紗子の面倒くさそうな様子が目に浮かぶ。

 そのついでのように靴も購入。


「持ってるってば」


 という私の言葉は、紗子の「お姉ちゃんの言う事はあてにならい」という言葉で打ち砕かれた。


「ね、ね、ちょっと休まない? 疲れたし」

「おーそうか。じゃあ、行こう」


 やけに素直な父。そして、なぜか携帯でお店を探している。何時の間にそんな携帯を使える五十代になってるの? 紗子か……次は何を仕込んだの? 携帯で探し出したお店の中に入って行く父。


「え? 休憩じゃないじゃない!」

「どうせ座ってるだけだろう? 休憩と変わらない」


 お店は喫茶店などではなく美容室だった。どこまで本気の見合いなの? ていうか、これ? もしかして今日とか明日の話なの? 美容室までくるって?


 父は何やら美容師さんに携帯の画面を見せている。どうやらこんな風にみたいな話らしい。もう! 私に見せないってどういうことよ?


 それから何やら勝手に髪を切られてパーマがかけられている。確かに座ってるけど……お茶も出してくれてるけど……文句を言う相手である父は、完成時間を聞いてさっさと携帯片手に出て行ってしまった。


 美容師さんは見合いの話には触れないで、髪質の話や一般のニュースなど当たり障りのない会話でもたせている。父の行動で、私が無理やり連れてこられたことを察しているんだろう。

 パーマか。女子大生の頃に少しの間かけていた。あまり派手なことは当時から嫌いだったのでフワリとゆるいパーマにした。


「あ、あのこれってどんな?」


 美容師さんに不安をぶつけてみた。髪を切ったのは少しだったけど、さすがにあまりすごいパーマは困る。まあ、また紗子が絡んでいるんだろうし、そんなひどい出来にはならないだろうけど、完成形を知らないのは不安だった。


「あ、ちょっと待ってくださいね」


 美容師さんは雑誌をパラパラっとめくっている。似たような髪型が見つかったようだった。そのページを開いて見せてくれた。


「あ」


 可愛い。


「どうです。いいですか?」


 美容師さんはさすがに本人の確認なく遂行していいのか不安になったみたいだった。


「あ、はい。いいです」


 私の気分は上がる。父には申し訳ないけれど、見合いは即刻断るつもりだった。どうせ相手はたいしたことないはず。二十九の残り物の私と見合いするんだ、相手も相当な残り物だろう。文句のいいようはあるはず。

 可愛いワンピースにこの髪型。どうやって智也と出かけるかそれしか考えてなかった。浮かれて機嫌が良くなった私に安堵した美容師さん。


 智也と思い描くお出かけコースにはあのホテルも入っていた。

 だけど! この事態をどう説明したらいいんだろうか。お見合いしたなんて言えない。ふーんとか軽い言葉で流されるのも傷つくし、自分がお見合いしてしまったことも告げられない。なんて言おうかと、悩んでいたら美容師さんは


「じゃあ、化粧いったん落としますねえ」

「あ、はい」


 と条件反射で答えたものの………ん? 落とすって? 昼休みの香川さんが思い出される。あ、あれ、するの?

 美容師さんは素早く私の薄い化粧を落として私の顔を作り上げてくれた。

 鏡の前の私の顔は二倍には仕上がっている。派手さ二倍の私に。出来上がる頃には父も現れた。


「お、さすが紗子だなあ」


 お父さん褒める相手が違うから。もしくはそちらが正解か。影で操っていた紗子の勝利だね。


「あーもういい時間だ。着替えに帰れるか?」


 そんなこと私に聞かないでよ! やっぱりお見合いは今日だったのね。


「とりあえず帰ろう」


 ここまで来てさすがに行かないとは言えない。やはり相手を見て断わるしかないないだろう。

 出来るだけアラのある人でありますように。

 何時の間にか私の願いは変わっている。


 *


 家に着いた頃にはもうヘトヘトだった。でも、ここで頑張らないと。また話がややこしくなってしまう。

 とりあえずいわれるがままに着替えた。靴もはき直した。ここまで変わると気分も変わってくる。

 ああ、智也に逢いたい。智也に見てもらいたい。どうしてこんな格好してるかなんてお見合い以外の理由なんて思いつかないけれど。


「じゃあ、行くぞ!」

「あ、うん」

「それにしてもお前はどんな生活してるんだ。物が少なくないか?」

「そ、そうかな? 休みに大掃除したからかなあ」


 してもいない大掃除を理由に、智也の部屋において来てしまった物たちのいいわけをしてみる。

 父は時間がないからと電車は諦めてタクシーにした。どれだけ今回の見合いにかけているんだろう。だんだんと不安になる。


「ねえ、どんな人なの?」


 拒否する前に知っておいた方がいいだろう。


「ん? ああ、そうだったな」


 お父さん? 今の感じだと完全にそのこと忘れてたよね? 私を見合い相手に会わせるのに必死で。


「これこれ、これだよ」


 父は携帯を取り出して画面を私に見せる。また携帯ですか? 活用しまくりだね。

 そんなことはまあいいや、それよりも相手の事!

 父のメールの受信箱にあったのは、お見合い相手のプロフィール一とニだった。一には相手のプロフィールがざっくりと書かれている。プロフィール二には写真が添付しているようだった。一のプロフィールを見てみる……なにこれ? アラなどどこにもなかった。三十二才という年齢も、男ならば何の問題もない。むしろ私の年齢からなら好都合な年齢だった。そして、職業も文句はない企業だし……ただ海外勤務が多いのが気になるところと言ったぐらいだった。あとは……写真。ここまで好条件だったんだ、きっとここにアラがあるんだろう。断わると思って写真を見てみるけれど、それでもなんだか緊張する。どんな人だろう……。添付されたファイルを見てみる。う、……嘘。嘘だよね?

 そこに写っていたのは紛れもない好青年だった。おばさんがほめる類の人ではなくて、香川さんが騒いで噂をするようなタイプ。な、なんかの間違い? なんで見合いするのよ? 必要ないでしょ? あ、ああ、性格上の問題で、か。もうそれしか考えられない。タクシーの中で一人驚き一人納得する私。


「聡さんなあ。海外勤務が多いんで彼女が出来ても長続き出来なかくてなかなか縁談まで話がまとまらなかったそうなんだ」


 な、なるほど、この経歴でこの顔で彼女なしはあり得ないよね。性格を疑ってなんだか申し訳ない思いになる私。


「今回の帰国は、少し長くて、半年は日本にいるそうだ。半年もあれば、結婚まで十分だろう?」

「半年?」


 え? 半年で私を結婚させるつもりなの? 父はどこまで三十になるまでに私を結婚させたいんだろう。


「お前も一年たたない内に三十だぞ」

「わ、わかってるわよ」


 わかってるわよ……。そんなこと改めて言われなくたってわかってる。智也がついこの前まで学生だったことも、まだその気分の抜けない派遣だってことも、そして……私達の関係が……ただの……グッと胸が詰まる。私は認めたくないのかもしれない。自分の年を自分がおかれている立場を。でも、夢に見たいんだ。もしかしたら、智也は……と。儚い夢なのにね。


 こうしていい条件のお見合い話が来るなんて思ってもみなかった。分相応な話が来るんだろうと思っていた。お見合いなんて簡単な話だと。なのに……断れないかもしれないと怯えている私がいる。もうこんな話なんてきっと来ないだろう。智也とどうにかなるなんてことはない。私はどこかで他の誰かを選ばなければいけない。こんな絶好な話を断ってもいいんだろうか? 心は迷いでいっぱいになる。

 この先これ以上の話なんてきっとこないだろう。今回断れば余計に話が来ないかもしれない。……私はどうしたいの? 服を買ってもらった手前、父に無理矢理連れられて来ているという話があるけれど、嫌なら断れたはずだった。なのにこうやって、タクシーの中にワンピースを着て、大人しく相手のプロフィールを確認している私がいたりする。心のどこかではお見合いして、結婚しなければと思っているのかもしれない。


 タクシーは静かにどこかのホテルの前に停まった。父はお金を払って車を降りる。私も黙って続く。


「じゃあ、ここのホテルのレストランで待ち合わせだらかな」

「え?」


 父は私にそう言ってそのまま立ち去ろうとしいている。


「ちょ! ちょっと待って! 私一人で行くの?」


 ここまでついてきたのに。しかも、わざわざここまで出て来たのに……もう帰るの?


「お前なあ。子供じゃないんだぞ。俺が行ってどうするんだ?」

「そ、そうだけど……」


 確かにそうなんだけど! どうしたらいいのよ? 知らない人だよ?


 心にあった不安がドンドンと大きくなる。


「会って挨拶して食事するくらいできるだろう? 最上階のレストランだ。間が持たないなら酒でも飲んどけ」


 そ、そんな投げやりな……。


「あの、お父さん?」

「じゃあ、な。上手くやるんだぞ」


 父はそう言って、後ろ手に手を振って去って行った。う、嘘! 本当に一人なの?

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