第14話
朝起きるとそこにはちゃんと智也がいた。可愛い智也の寝顔。
そーっと頬っぺたをなでて見る。
そのまま目や鼻そして唇……そんなことしているだけなのに。変なの? 愛おしくってたまらない。
「おはよう。人の顔で遊ぶなよ」
「あ、ごめん。つい」
「シャワーを浴びてくれば?」
「で、でも……」
「俺は昨日入ったから」
「あ、そうなの。わかった」
シャワーの中に駆け込み身体の状態を確認する。確認できることは何もなかった。キスマークもなかった。
***
こうして少しずつ智也との時間が増えていき、智也の家に私の物が増えていった。
季節は春から夏へと移り変わっていったけれど、私と智也の関係は聞けないまま時が過ぎて行った。
お盆休みには毎年、実家に帰っている。独り身の私には暇な時間を持て余しているだけだったから。
だけど、今年は違う。智也がいる……けれど、智也もさすがに実家に帰るよね。ああ、毎日一緒にいるのに寂しいなあ。いつからいつまでだろう。それに合わせなきゃ。いや、合わせたい。
「智也お盆休みの予定って……」
「梨央奈と一緒にいるよ」
「え?」
当然実家に帰ると思っていたから、嬉しい誤算だけど……。もう一週間前なんだけど。そういうことはもっと早く言って欲しかったな。
「ダメ?」
「ううん。違う。智也と一緒にいるよ」
めちゃくちゃ嬉しい気持ちを抑えてそう答える。
実家に連絡しなければいけなくなった。なんて言おう……。いろいろ考えてみたものの、いい言い訳は思いつかなかった。えーい出たとこ勝負だ。と、実家に電話したら母はあっさり「そう。わかった」で、終わり。少しは娘の変化に気づかないものなの。まあ突っ込まれても困ったんだけどね。
そんなわけで休みに入って、ますます智也との時間が増えていった。私の荷物も。
そんなある日、当然のように智也の家に泊まり込んでいる時に携帯が鳴っているので電話に出てみると……
「梨央奈」
「お、父さん?」
智也はピクリと耳を立てている様子。なんとなく智也に背を向ける。
「梨央奈、家にはいないみたいだから、電話したんだが。どこ行ってるんだ? 実家にも帰って来ないで」
「え、なんで家にいないって……」
「今、お前の家の玄関の前だ。全く倒れてるんじゃないかって心配したぞ」
「お父さんこそ、何しにきたのよ!」
「正月に言っていた見合いの話だ」
な、なんでまだ先じゃない!!
「まだ夏になったところでしょ?」
「そうなんだが。いい話を母さんが聞いてきたんだ」
「で、でも。まだ正月になってないじゃない!」
その言葉で智也は私の前まで回ってきた。
「梨央奈。まさか、お前彼氏がいるとか言い出さんだろう?」
う、決めつけた言い方。確かにこの二十八年間いなかった……けど! いるわよ! なんて言えない。彼氏なのかな? 智也は?
「そ、そうだけど」
「今だにいないなら、正月まで待つ意味もないだろう?」
あ、あるのに……だって智也が……。目の前に智也がいるどんな話なのか聞きたそうな顔をしている……か、可愛い。
「で、でも、急に」
「こういうことは急な方がいいんだ」
なんの理屈よ。私に隠してただけじゃない!
「いいわけないじゃない!」
「全くどこ行ってるんだこんな朝っぱらから、とにかく帰って来い! 暑くてかなわん」
「で、でも、父さん。こういうことは……」
「彼氏がいるならいいんだがな。いるのか?」
「う、ううん。いないけど……」
智也は彼氏なんだろうか。そう言っていいんだろうか。こっちをのぞいてる智也。
可愛いな。そもそも、まだ二十二……婚期が終わろうとしている私には合わないよね。
「とにかく帰って来い! わかったな」
「はい」
暑いのか苛立っているのか父はそう言って電話を切った。
「お父さん?」
「あ、うん。こっちに来たみたいで家の前からかけて来たの。うるさいから家に帰るね」
「ん? それだけ?」
電話の声は漏れ聞こえていたんだろうか……見合いかもと告げる勇気が持てない。告げて反対されなかったらどうしよう。もうここには、来ることができなくなってしまう。
「う、うん。かな? とにかく帰るね。また電話するね」
「ふーん。わかった」
智也の顔は不服そうだった。どっちでだろう? 急に帰ることになったことにだろうか? それとも……? つい期待してしまいそうになる智也の顔を見て。
「じゃあ、またね」
「うん。送ろうか?」
「いいよ。荷物も置いてるから、身軽だし」
「そう。じゃあ、な」
ワザと荷物を置いておいた。ここにまた帰って来れるように。誰にアピールしてるんだろう。私自身に? 智也に?
荷物を持って帰ると父に何を言われるかわからないし、言い訳も思いつかないからって智也には言っておいたけど……。本当は智也の部屋から去りたくないだけなのに。素直に言えない私達の関係はどこまで続けられるんだろう……。
不安な思いで家に帰った。父は玄関にはいなかった。さすがに暑い中で待っているのは無理だったんだろう、近所のファミレスで涼んでいた。
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