第20話 ワイン
お迎えは母だった。荷物が多いので来てくれた。荷物の中には尚也の写真を入れている。ずっと引き出しにあった尚也の写真だ。これでやっと私も一歩を踏み出せるんだ。
しばらくは実家でゴロゴロと夏休みの宿題をしながら、のんびりと過ごした。そう尚也が帰ってくるまでは。
どうしようかと迷っていたけれど、尚也を迎えに行こうと決めた。尚也にメールして時間を聞いて駅まで迎えに行った。早く終わらせたかったからかもしれない。……そう、きっとそうなんだ。
私も改札の中に入ってみた。二人のようにはテンションは上がらなかった。これから尚也にどうやって返事を返すか、そればかりを考えていた。
電車がくる度にドキドキした。
尚也はなかなか降りては来ない。
メールを確認したら尚也から遅れるというメールが来ていた。はあー。私はベンチに座り一息ついた。携帯を取り出して尚也にどれくらい遅れるかというメールを打っていた。
「遥!」
「え?」
ええ!! 尚也は目の前で笑っていた。さっき到着した電車に乗ってたんだ。遅れるの一言で油断してた。
「ただいま」
ちょっと大人びた雰囲気の尚也は笑顔で私にそう言った。
「あ、うん。おかえり」
ああ、出だし大失敗じゃない。
すっかり尚也のペースになってるし。
その後も、すっかり尚也のペースで会話は進む。ああ、返事がー! 返事どころか、そんな雰囲気さえ出せずに家に着いてしまった。尚也の家と私の家はお向かいさんだ。何やってるの! 私?
「じゃあ、ありがとうな」
荷物を持つわけでもなく、ただ一緒に帰ってきただけの私に、尚也は笑顔でお礼を言う。私なんにもしてないよ!
「あ、あの尚也!」
「そうだ! 明日さ、付き合って欲しいところあるんだ。お昼ご飯食べないで待っててくれる? お昼も久しぶりに一緒に食べよう!」
「あ、ああ。うん。わかった」
あーもー。うんって返事しちゃったよ。尚也何を考えてるんだろう?
「じゃあ、明日な! 迎えに行くから」
「あー。うん。明日」
尚也は向かいの家に入って行く。仕方ない。私も家に帰る。
尚也返事するって知ってるのになんで? 行きたいところってどこなのよ?
翌日、尚也は昼前に迎えに来た。そうだ。あの日もこうだった。あの日できなかった返事を今日するんだ。でも、尚也は何考えてるんだろう?
「よお! とりあえず飯食いに行こう!」
「う、うん」
どうなるのか成り行きを見てから言おう。
いつもの場所でご飯を食べる。
「遥もあれやってるの?」
と、指差す先はウエイトレスのお姉さん。ホール係と言う。
「うん。そうだよ」
「へえー」
物珍しそうに見つめる尚也。きっと私を重ねてるんだろう。
「もう! そんなに見ない!」
「あはは。わかった。遥を見るって」
「ちがっ!」
そう言う意味じゃないのに。嬉しそうに私を見て笑ってる尚也。もう!
その後は、何をするのかと思ったら普通に映画を観た。え? このため? 意味がわからないよー! そして映画が終わればそのままゲームセンターでなんだかんだって時間が過ぎて行く。なに? 何なの? 尚也!!
結局、どう切り出していいのかわからず、いつも通りな時間が過ぎて行く。どうしよう。どこで切り出すの私?
「お腹減ったなあ。飯食いに行こう!」
「え? ああ、うん」
母親に晩御飯も尚也と食べると連絡した。
今度はいつものファミレスではなくイタリアンなお店に入る。バイトで潤っているから入れるお店だけど、高校生の頃なら入れなかっただろう。
「尚也もバイトしてたの?」
「ああ、土日は暇だからな」
「そうなんだ。なんで黙ってるのよ!」
「えーまあ。なんとなく?」
なんとなくってあんなに話してたのに。
「何のバイト?」
「普通に家庭教師」
普通の意味がわからないけど、それだとかなり潤ってるね。
メニューを広げる。何にしようかな?
「なあ。コース食べよう!」
「ええ!! 結構するよ」
まあ払えなくはないし……美味しそうだけど……。
「俺がおごってやるから!」
「え!? いいの?」
どれだけ潤ってるのよ、尚也は。
「じゃあ、乾杯だけワイン頼もう」
「えーまだ……」
「いいじゃないか。一杯だけだから」
「う、うん。じゃあ、一杯だけ」
尚也はメニューの中からコースを選び、白ワインを注文した。
ドキドキする大人みたいだなあ。
コースの前菜と一緒にワインも来た。なぜかボトルで………。?
「尚也!! ワインが!!」
小さな声で尚也に話かけると
「あ、間違えちゃった」
そんな可愛いく言っても一緒だよ。
グラスワインとボトルワインを間違えるわけないじゃない!!
「まあ、とりあえず乾杯しよ」
その乾杯なんだけど……なんで? っていうか何に?
「何の乾杯?」
「そりゃあ。俺たちの出会いに」
なん、なんなの? 今さらでしょ? 出会って何年かも定かではないぐらいの幼馴染の間で出会いにって。
「尚也? 出会いって……」
「まあいいじゃない。ほら、遥もグラス持って」
グラスには尚也が注いでくれた白ワインが入っている。まあ、いいか。グラスを持って乾杯する。
カン
よく冷えた白ワインが喉を過ぎて行く。お腹が減っていたからだろう身体中にアルコールが染み渡る感覚がする。
「いただきまーす」
尚也はご機嫌に食べ始めた。
「いただきます」
本当美味しそう。前菜とワインがよく合う。ワイングラスはいつも満たされている。尚也がすかさず注ぎ足してくれているみたい。
サラダとパンが来てメイン料理が来た。私達はドンドンと料理もワインも平らげていく。最後のデザートの時には一本のボトルワインの中身は空いてなくなっていた。
デザートも美味しい。大学の食堂のスイーツとは比べられないね。
「美味しかった。本当にいいの?」
もちろん、おごりの件。ワインがグラスではなくボトルだったんだからそれなりに価格も上昇してる。
「いいよ。俺が間違えたんだし」
……間違えたの?
「じゃあ、あの、ごちそうさま」
「おう」
支払いを済ませて店を出る。すっかり暗くなってる。コースだったから時間もかかっただろう。今日は尚也と一緒だとは言っているから、遅くなっても心配はされないけれど、そろそろ帰らないと……あ、返事だ。
……どうしよう、体が火照っている。酔っているんだろう。こんな状態じゃあ返事が出来ない。酔いを覚ますか、また後日ってことになるよね。
「遥! 次はカラオケ行こう!」
「ええ!」
まだ行くの? 元気だな尚也。まだ向こうにそんなに友達いないのかな? 話ではもう友達いるって言ってたし、遊びにも行ってたようだけど。
「ほら家に電話したら? さすがに心配するだろ?」
「あ、ああ。うん」
携帯から電話する。尚也とカラオケに行くので遅くなるからと。母は全く気にする様子もなく尚ちゃんとならねと、軽く受けて流していた。そんなんだから男子二人と同居することになるんだよ。
「じゃあ、遥行こうか!」
「う、うん」
座ってる時には感じなかった酔いが歩くほどに襲ってくる。あれー、真っ直ぐに歩いてる私?
「遥? 大丈夫か? 少し休もうか」
「う、うん」
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