第19話 先送りにしていた返事

 春はあっという間に過ぎて行き夏が来た。日当たりのいいあの部屋はエアコンの力を使っても暑苦しいので、居間で宿題をするようになった。夕方になってもまだまだ力強く射し込む日の光に負けて、そして、私が宿題をする隣でのんきにテレビを観てる葵君のそばにいられることをいいことに、私はそこにいた。


 少ししてここで宿題をすることが間違いだったと気づいた。携帯が鳴るから。ただ一人を除いて問題は全くない。軽く受け答えしたり、返信したり問題は全くない。ただ一人尚也以外は。


 いつものように葵君がそばにいる時にメールがきた。尚也だった。メールをすぐに返せば電話がくる。電話を軽く流すことは出来ない。尚也と話を始めれば一時間は話をするだろう。かと言って、メールすぐに返さなければ葵君が気づく。悩んだ挙句、尚也には明日提出の課題が終わらなくて徹夜になるかもと、言い訳メールを送る。尚也ごめん。あー、バカだ私。今、葵君を取ったよね? ならば返事できるんじゃないの?


「遥? どうした?」


 どうやら私は携帯を握りしめて考えこんでいたみたいだった。


「あー、ううん。なんにも」


 携帯をテーブルに置いてまた宿題を始める。尚也に話そう。ここで宿題したいんでしょ? 暑いからじゃなくて、葵君のそばにいたいから。ならもう答えは出てるじゃない!!



 次の日、私は尚也にメールした。夜に電話で話したいと。

 尚也からは九時に電話すると返事がきた。いよいよ尚也に返事をする時が来たんだ。


 いつものように葵君のそばで宿題をして、お風呂に入って、九時になるまで部屋で待っていた。あー、どうしよう不安になる。本当にあってるの? そっと机の前に座る。引き出しを開けて尚也の写真を取り出す。尚也のこと好きじゃないんだよね?……


 九時になりすぐに電話がかかってきた。尚也だ。


「もしもし」

「遥」

「あ、あのね。私……」

「遥! 続きは夏休みでいいか?」

「え?」

「続きは直接、夏休みに帰ったら聞くでいいか?」

「え? でも……」


 やっと言おうと決めたのに。


「遥の顔を直接見て、返事が聞きたいんだ。それまではメールだけにするから。それに遥からの返事なくてもいいから」

「えーっと。う、うん」


 あ、バカだ私。


「じゃあ、夏休み。いつ帰るかメールするから。その時な!」

「うん。わかった」

「またな」

「うん。またね」


 電話は切れてしまった。あーもー!! バカだ私。バカー!!

 でも、顔を見て返事が聞きたいと言った尚也の気持ちもわかる。もうすぐ夏休みだ。私だって顔を見て返事が聞けるならそっちを選ぶだろう。でも………私のバカ。


 尚也とのメールは続いた。もう電話した方が早いんじゃないのってメールまであった。けれど、電話することはやめておいた。


 夏休みに、城太郎は念願の海外旅行に出かける。しかも夏休みが始まると、すぐに行くという。葵も夏休みはすぐに実家に帰るようだ。葵のお母さん、志乃さんが料理中にボヤ騒動を起こしたそうだ。それで、葵のお父さんが、葵にSOSを出したのだ。用するに早く帰ってきて欲しいということ。実家が近いし、ひいお祖父さんの家だし、そんなに長く帰る必要はないから、てっきりずっといるのかと思っていた。なので、私は夏休みの間一人きりになってしまうので、予定をグッと早めて実家に帰ることにした。一人きりのこの家はさみしい。たまに城太郎と葵が出かけてしまって一人きりにになると、さみしくてたまらなくなった。

 と、いうわけで実家に夏休み早々帰った。尚也からもかなり早くに帰るとメールがあった。一人暮らしならそれも当然か。


 今日の見送りは葵と城太郎。一人きりにになるのが嫌で、一番先に家を出る予定を組んだから。

 城太郎はヨーロッパを巡る旅に行くそうだ。楽しげに話をしている。いわゆるバックパックという旅行にして少しでも長く多くの国や場所に行きたいらしい。

 葵もキッチンでのボヤ騒動の後のリフォームが終わり次第、家に帰るという。志乃さんは今回は相当やらかしてしまったみたい。電話で葵に相当怒られてたみたいだから。葵がもうすぐ帰ってくるという安心感からやっちゃったのかな?

 ということで二人に見送られて駅まで歩いている。荷物は今回は長い期間なので二つに分けたら葵と城太郎が当然のように持ってくれている。

 そして、今回も切符を使って改札の中までお見送り。


「これなんかいいな!」

「だろー!」


 なんか二人で盛り上がってるし。

 そんな二人とは対照的に暗い私。なんだろう二人と離れるのがさみしいのかな? それとも、尚也に今度こそ気持ちを告げなくてはいけないことを思って気分が暗いんだろうか。


「なんだよお。遥。暗いぞ!」

「そうだなあ。遥どうした?」

「あ、うん。なんかさみしいね」


 本当にそうなのかわからないけれど、尚也のことは言えない……? ん? なんで二人に尚也のこと秘密にしてるんだろう?


「確かになあ。まあ、俺はさらに一人旅だからさみしいよお!」

「絶対嘘だろ? お前平気そうだよな。どこでも」

「んだとお!」


 またじゃれ合う二人。そうしてる間に電車がホームに入って来た。


「荷物ありがとう。じゃあ、夏休みの終わりに」

「ああ。またな」

「おう! 行ってこい! まあ、俺のが遠いんだけどな!」


 三人で笑って電車に私一人が乗り込む。笑顔の二人を刻み付けるように見つめていたら電車の扉が閉まった。笑顔で手を振る二人に、私も精一杯の笑顔で手を振り返す。

 ゆっくりと電車が動き始めてあっという間に駅を出る。二人の姿は小さくなり見えなくなった。


 尚也。尚也に返事を返すんだ。ずっと、ずっと先送りにしていた返事を。

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