第18話 小早川さん

 今日は先生の都合で急遽休みになった。お昼にはまだ時間が空いてるけれど、また次の時間は講義がある。暇つぶしに食堂へと向かった。少し慣れてきた頃で、特に親しい友達が出来たわけでもない。軽く会話を交わす程度。そんな子達と一緒に歩いている。葵君と城太郎君のことはルームシェアしてると言ってある。隠すのも変だし、なんだかルームシェアという言葉には、同居とは違う響きがあるようだ。内容は全く一緒なのにね。

 同じ講義を取っている葵君も城太郎君も、それぞれ別の友達と一緒に食堂にいた。……友達……なんだろうか? 葵君と一緒にいるのは女の子。なんだか親しげに話をしてる。あの子見たことあったっけ? 私はそちらが気になってしかたない。

 食堂に着いてから葵君を見つけて、すぐに私は黙り込んだ。どうしよう。気ままに話なんてできない。心が揺さぶられている。これは……きっと嫉妬だ。焼け付くような胸の痛み。なんで?


「遥!」


 ん? 目の前には城太郎君がいた。


「え? ん?」


 なんだろう。私の視界いっぱいに城太郎君がいるので葵君が見えなくなった。


「なな。遥。今日はチーズケーキいってみよう!」

「チーズケーキ……まだだったっけ?」

「前にそれは無難だって、遥が言ったんだろ?」

「ああ。そう、そうだっけ?」


 心が揺さぶられている私には食べたケーキをカウントする機能はついていない。


「て、ことで、遥借りてくね」

「あ、うん。桜井さんじゃあ、また次の時間にね」

「う、うん」


 と、城太郎君に半ば引きずられるようにテーブルを移動する。もちろん城太郎君の友達の席ではなく新しいテーブル。そこに荷物を置いてケーキを買いに行く。食堂と言ってもランチタイムだけの営業ではない。時間の空いた学生の為だろう。他の時間はティータイムになる。朝はモーニングのメニューまで取り揃えている。時間がバラバラな学生相手に、大学もいろいろと考えてくれているみたい。

 で、なぜ城太郎君が私を連れ出しケーキを食べるのか? 城太郎君は甘いもの好きなんだけど、さすがに一人では食べられない。なので時間を見つけては、私を誘って一緒に食べている。どうやらここの食堂のスイーツを制覇したいらしい。男友達にも私の友達にもばれているのに、他の人の目線が気になるらしく一人では食べられないんだとか。城太郎君なら平気な顔して食べてそうなのに。

 ということで、まだ食べていないチーズケーキを買いに行く。まだ朝なんでケーキって気分じゃないのにー!


「ねー。早くない? ケーキの時間には早くない?」

「食べれるだろう?」

「え、いや、そりゃー、食べれるけどね」


 食べれるけど、さっき朝ごはん食べたばっかりだよ?


「それに遥、気になってるんだろ? あれ」


 と親指でクイっと後ろを指差した。その先には葵君と例の彼女がいる。

 え? ええ!! 城太郎君に見られていたの?


「えーっと。その……」


「チーズケーキ二つ!」


 私の言い訳になってないただの動揺を聞き流して、ケーキを注文する城太郎君。

 ケーキなのですぐに出てくる。お金を払ってケーキを持って席に着く。


「あのー、城太郎君?」

「あれ! 葵が言ってた、つきまとってた子だよ。大学までついて来ちゃったんだってさあ。あいつも大変だよなあ」

「へ? あ、ああ。そうなの。ふーん」


 あ、あの話の子か。ホッとする。けど……ん? 葵君楽しそうに話してるんだけど。なぜ?


「プッ」

「??」

「ふははは。違うって。そんなストーカー女に見えないだろ? 高校のクラブの先輩だって。だから遥は見たことないんじゃないか?」


 な、ん!! なんで一回、嘘つくのよ! 怒りたいけど、さっきの話でホッとしたのを悟られたくない私。


「そ、そーなんだ。うん。初めて見るかも」


 葵君と城太郎君はよく一緒にいる。だから、知っているんだろう。


「お、チーズケーキはそこそこいけるなあ」

「う、うん。そーだね」


 もうケーキの味なんて味わえる状況じゃない。ジェットコースターに乗せられた気分だ。気持ちを上げられたり下げられたり。今は谷底にいる。葵君のあの笑顔。よっぽど親しいのか時々、彼女は葵君の手や肩に触れる。


「遥ー! 大丈夫かあ? 」


 私の目の前で手を振る城太郎君。


「な、なに? 大丈夫だよ!」


 無理して葵君から視線を外す。葵君とその子を見るから動揺するんだ。きっと。

 目線を城太郎君に向ける。城太郎君は苦笑いしながらケーキを口へと運んでる。

 私もそっとケーキを頬張る。ん? これイマイチじゃない。やっと感覚が戻ってきた。


「これイマイチじゃない? 城太郎君、味覚どうしちゃったの?」

「やっと冷静になったか。ヤキモチか?」


 身を乗り出して私に問いかける城太郎君。え? いや、あの、ち、近いよ。顔。うー、尚也に似てるけど近くで見ると違ってる。当たり前なんだけど、面長な顔にすらっと通った鼻筋。なのに、唇が厚くて色気がある。目つきも普段は鋭いのにスイーツ食べてる時は可愛い。あー、もー、なにこれ? さっきまでヤキモチ焼いてた私はどこ行ったの?


「な、なに言ってるの。ちょっとボケッとしてただけだよ。それより味覚、大丈夫?」

「試しに言ってみただけ。あー、やっぱここじゃあ俺好みのスイーツはないのかあ?」

「こういう場所にあるわけないでしょ?」

「ここってパフェがオススメよ!」

「え?」

「ん?」


 突然会話に入ってこられた私と城太郎君は驚いた。

 そして、その相手がさっきまで葵君と話していた相手だったから、さらに私は驚くと同時に嫌な予感を感じて、胸がまた苦しくなる。紹介……だよね? 葵君は彼女の後ろにいる。


「ああ、ごめんなさい。会話が聞こえてきたものだから。成瀬君からルームシェアしてるって聞いてちょっと挨拶でもと思ったの」


 なんで? 挨拶いる? でも、まだ安心した『成瀬君』と葵君を呼んでいる。まだそんなに親しいわけじゃないんだ。


「あーっと。こっちが桜井遥で、こっちが岡城太郎。彼女は高校の先輩だった小早川先輩」


 葵君は焦ったように紹介したけどなんで焦るのよ。


「お前らよくこんな時間からケーキ食えるなあ」

「へー、パフェかあ。何パフェです?」


 城太郎君は葵君の呆れ声を無視して、小早川さんに素早く新情報を聞いてる。


「さあ? 好みで分かれるから、どうかしら」


 なんか楽しげに会話が弾んでない?


「じゃあ、いろいろと食べてみます」

「そうね。桜井さんもパフェオススメよ」

「あ、はい」


 聞こえてましたよ! 一回目のオススメよも!


「ああ、遥は俺の付き添いで食べてるんだけなんです」

「あらそうなの。仲がいいのねえ」


 なんか言葉に棘を感じるのは私だけなんだろうか。こんなに穏やかな流れが激流に感じんだけど。


「まあ、同居してるんで」


 城太郎君は平気なようだ。やっぱり私だけ激流?


「あー! そろそろ次の講義始まるぞ。早く食べたら? じゃあ、小早川先輩。また」


 なんだろう葵君にも激流? さっさと先輩を退散させてしまった。ふー、なんか味のしないチーズケーキだった。


「パフェかあ」


 城太郎君だけがのんきなようだった。



 その後にも、小早川さんと葵君を見かける機会が増えていった。今まで意識してなかったから? 相変わらず肩や手に触れて、話をする小早川さんに嫉妬してる私。でも、彼女ってわけじゃないみたいだ。葵君は相変わらず、小早川先輩と呼んでいたし……なにを必死でチェックしてるんだろう。

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