のり

第1話

 私の背中には翼が生えている。


 翼と言っても食べ物の手羽先のような、羽の生えていない意味の無い翼だ。



 小さい頃はこれに羽が生えて体みたいに大きくなって空を飛べるようになるのだと思っていた。けれど小学校に入って、大きくなるどころか産毛さえ生えない翼を見て夢を見るのはやめた。



「天使になるのよ」と冗談で慰めてくれた親は、今ではもう何も言わない。翼が私に対して害がないと分かりほっとしたのだ。



 ランドセルを背負っている時は苦しくてたまらなくて、低学年の頃から横かけのバッグを許可してもらい使っていた。それが目立ち、恥ずかしさから早くバッグの形が自由になる高学年になる事を願っていた。



 中学生になって翼のことは誰にも言われなくなった。おとなしくなる時期なのだ。



 夜に眠る時は仰向けにならない。枕に顔を埋めて眠る。ドラマや漫画にあるような、起きたら天井が最初に映るシーンに憧れて、十五分仰向けに寝転んでいたが翼が痺れてしまい後悔した。けれど諦めきれなくて毎晩挑戦し、二十秒までなら耐えられることに気付いた。



 お風呂に入った後で母親が背中をサッとタオルでふき取る事に憧れて、真似をしてみたら翼の窪みが濡れたままでふやけてしまった。それからは時間はかかるが丁寧に拭いている。そのために背中に腕を斜めに回して握手ができる要らない特技ができた。



 椅子に背中を当てないで座っていると、どうして寄りかからないのか訊かれた。「この方が楽なの」というと変わり者扱い。



「変なの」「面白いね」「変わってるね」


「でも嫌いじゃないよ」



 私はちょっと風替わりなチームにいたと思う。そこでは私は自由でいられた。他のチームに入ろうなんて思わなかった。



 高校に入った時、私はふと気が付いた。



 周りの人が私に対して何も言わなくなった時になぜ気付かなかったのだろう。いや、そういうものなのだ。時間がかからないと気付かないものはあるのだ。



 周りの人にも私の背中にある翼ほど目立ちはしないが、見えないところに魚の鱗がある人や、指の一か所が鳥の足の様に皺だらけな人がいたのだ。




 高校まで電車で通う私は満員電車の中で背中に平らな面が当たらないように端に背中を向ける。



 近くの人は満員電車の中なのに片足に力を入れずその分、手すりを強く握っていた。



 あの人は片足に何かあるのだろうか。そして私が考えないようなところで気を使っているのだろうか。私には見えない、感じることのできない世界を知っているのだろう。



 私は産まれて初めて自分の翼が愛しく思えた。足は地面についたままだが、大空を飛んでいるように心地良かった。



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のり @im_0904

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