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 悠太へ。

 お前がこの手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないのだろう。

 だからお前との約束を果たすために、全てを書き記しておく。

 信じられないかもしれないが、全部本当の話だ。

 単刀直入に言うと、俺はお前の知る世界からの転生者だ。

 名前は天野輝彦あまのてるひこ。そう、お前の父親だった男だ。

 お前には大学の准教授と話していたが、俺の本当の仕事は違う。研究者という意味では同じだが、俺は『世界防魔機構』という特殊機関の職員だった。

 文字通り『世界防魔機構』は、妖怪や化物といった、古くから存在する怪異や、異世界からの侵略者などの外敵から世界を守るのが務めだ。

 俺は、その開発研究部で、外敵を誘き寄せるための位相空間の開発をしていた。

 それまでの『世界防魔機構』のやり方は、出現した外敵を超能力をさらに発展させた力――高次元力で排除し、目撃者の記憶を逐一消去するという、非効率なものだった。

 だが、記憶の消去も完璧じゃない。時には掛かり具合が甘くて思い出すことだってある。

 幸い、これまで世間が外敵の存在に気づくという不測の事態に陥ったことはなかったが、誰もが手軽に情報を得ることが出来る時代だ。ふとした拍子に露見してしまう可能性は高い。

 それを未然に防ぐための位相空間だ。

 開発は難航したが、徐々に好転し始めた。

 そして、完成間近の段階に達したとき、位相空間発生装置が暴走し、爆発した。

 巻き込まれて死んだはずの俺は、気付けばフェルディナンド・イッヒゲルトになっていた。

 そう、お前もよく知っている、りっちゃんと同じだ。

 このとき、すでに俺以外のイッヒゲルト家の人間は死んでいた。

 討伐隊でレムルスにやられたと協会から報告を受けたが、同じ討伐隊に参加した奴から、協会の関係者らしき人物に連れ去られたのを目撃した、という話を聞いた。

 確かめようと協会に乗り込んだが、相手にしてくれなかった。

 だから俺は高次元力を駆使して、協会職員になりすまし、調査した。

 そして、元老院がレムルスを生み出していることを突き止めた。実際にレムルスの木があるモルトヴァンまで潜入し、イッヒゲルト家の人間が囚われているのも見た。

 だが助けられなかった。

 魔法を使えばすぐにバレるし、俺の高次元力は弱い。贔屓目にみても中の下だ。

 結局、家族を目の前にして黙って去ることしかできなかった。

 それから俺は元老院を倒すために『夜明けの月』を起ち上げ、仲間を集めた。

 だが、圧倒的に力が足りなかった。

 そこで俺は運命石を思い出した。

 殆どの奴は運命石の存在を知らないが、初代がグスタフの直弟子だったイッヒゲルト家の伝承のおかげで俺は知っていた。

 触れた奴の運命をねじ曲げることの出来る石。

 そんな反則的なモノを探し当てるのには苦労したが、大陸一高い山にある洞窟の奥深くで見つけた。

 傍らには氷漬けで眠ってたチッカもいた。

 チッカは幻獣――『牙の一族』の末裔だった。

 地殻変動による異常気象で、数を減らしていた『牙の一族』は、種を残すために一番若いチッカを仮死状態にして凍り漬けにした、と助け出したチッカから聞いた。

 だが、そこで問題が起こった。俺がチッカから話を聞いている最中に、飼っていた猫、ヨハンが運命石に触れてしまった。

 昔からヨハンは俺以外には懐かなかった。だから運命石探しにも連れて行った。

 その後、ヨハンに変化は見られなかったが、数日間、姿を消した。

 そして帰って来たかと思えば、お前に取り憑いていた。保護したジョルジョアンナから連絡をもらったとき、俺は自分の運命を呪いたくなった。

 俺の血を引くお前も高次元力の使い手だ。

 その力は俺と違って、べらぼうに強かった。

 幼かったお前は、力を制御できず、何度も暴走し、命を落としかけた。

 だから力を封印する意味も込めて、高次元力に関する記憶を消した。

 きっとヨハンは、『夜明けの月』の切り札となる奴が欲しいという、俺達の願いを叶えたかったんだと思う。

 実際、今の俺は、高次元力を殆ど使えなくなっている。

 これは使い過ぎによる力の減退だ。

 扱う者が人間である以上、高次元力も歳とともに衰えていくものだが、強力な力を使い続ければ、それに拍車がかかる。中の下程度の俺なら、尚更だ。

 話を戻そう。俺は息子だったお前を巻き込むことを躊躇ったが、状況的には、お前の力に頼らざる得なかった。

 『夜明けの月』は人数を増やしたが、次々と協会に捕まっていった。

 疑いたくはないが内通者がいる。内偵をすすめたが、魔法は犯人も警戒していたし、俺の残りカスみたいな高次元力じゃ何の役にも立たず、判明することはできなかった。

 追い詰められた俺達は、計画を前倒しで決行することにした。

 俺は、ジョルジョアンナにお前を引き留めるよう、強く指示した。

 本来なら、俺が直接出向き、予め全てを伝え、協力を仰ぐべきだったかもしれない。

 そうしなかったのは、お前に信じてもらえる自信がなかったからだ。本当に済まない。

 だから、ジョルジョアンナのことは責めないでやってくれ。

 また、お前の素性は『夜明けの月』の幹部にだけには伝えてある。

 計画を確実に遂行するためには、連中の不安をなくす必要があった。誰だって怪しい奴のことは信用できないし、これは命がけの計画だからな。

 だが、それも内通者のおかげで、元老院には筒抜けだった。

 モルトヴァンへ潜ったときに分かったことだが、生み出されたレムルスは、奴らの意のまま思うがままに、好きな場所へ好きなだけ送り込むことができるらしい。

 お前達が安全圏のルードロールでレムルスと遭遇したのは、そういうことだ。

 おそらく奴らは、俺達『夜明けの月』とケリを付けるつもりだ。でなければ、今回のような大規模な討伐隊の派兵を認めるはずがない。

 もし、元老院を倒すことが出来なければ、チッカを頼れ。奴らがお前の力を欲しがったとしても、あいつならお前を守って逃げ切れるだけの力はある。

 というのも、俺は今、『カタリーナ』でこの手紙を書いている。

 だから、この戦いがどうなったのか知らない。

 最悪、お前だけでも元の世界に帰れるよう、ヨハンに頼んでみてくれ。

 最後になったが、父親として何もしてやれなかったことを本当に済まないと思っている。

 言えた義理じゃないが、は、ああ見えて弱いところがある。しっかり支えてやってくれ。

 これからお前が歩む人生に幸あらんことを願って。

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