36

 死を覚悟した悠太であったが、力を使い過ぎたことで体が防御反応を起こし、一時的な仮死状態に陥っていたことが判明した。

 その悠太の帰還に、暗く沈んでいたモルトヴァンは一転、聖誕祭すら色褪せてしまうほどのお祭り騒ぎとなった。

 復興が始まったばかりのボロボロの街で、そこかしこから杯を重ねる音が聞こえ、奏でる楽器の陽気な音に合わせて踊る。

 いずれの顔も笑顔に満ちていた。

 そんな中、モルトヴァン城の一室では、悠太がリノン達から事の顛末を聞いていた。

 悠太が倒れ、リノンとアメリーとヴァレンティーネが懸命の回復を続けていた傍らで、ジョルジョアンナと『ほうき星』が、レムルスの実として囚われていた者達を救出したのち、レムルスの木に腐葉の呪いをかけ、完全に消去した。

 ちなみに、枯渇が予想されたルバチアの魔素だが、まだ潤沢に存在した。

 フェルディナンドがヴェルバリタの魔導士をかき集めるために吐いた嘘なのか、それともソフィが『夜明けの月』をおびき寄せるための餌だったのか、今となってはどちらでもよい事柄だ。

 それから民衆にも覚えもよいコーデリカにより、全てが公表された。

 衝撃を受けた人々は怒りを覚え、その矛先を魔導協会へと向けた。

 だが、元凶であるソフィら元老院はすでに存在せず、何一つ知らなかった職員達に非はない。

 しかしながら、レムルスによって、人々が苦しんできたのも事実。協会はその機能を保持したまま、被害者達へ莫大な賠償金を支払うことになった。

 またリノンは、ルバチア王家の後継者であることを明かし、民の受け入れを開始した。

 かつて交流の盛んだったグゼリア帝国とシュレーフォス公国が、リノンをルバチアの新しい王と認め、全面的に復興を支援することを表明したことを受け、各国もそれに倣った。

「そうだったんだ……」

 時間はかかるだろうが、前途明るい船出である。悠太はリノンが新たな一歩を踏み出したことに心から安堵した。

「…………っていうか、りっちゃん」

「なあに?」

「僕、いつまでこのままなの?」

 かつて、文字を教わったときと同じ態勢――リノンの膝の上に乗っかる悠太が苦言を呈する。

 するとリノンは、さも当然とばかりに言ってのけた。

「ずっとだよ」

「ずっとっ!?」

「そだよ。これからは、お風呂も寝るときも、ずーっと、わたしと一緒だからね」

 泣き腫らし、真っ赤になった目を細めるリノン。

 悠太が棺から目を覚ましたとき、いの一番に駆けつけたのはリノンであった。

 箒を取り出し、ドレスが乱れるのも構わず、悠太をかっ攫う。

 それはレムルスに殺されそうになった悠太を救出したときを再現するかのようであった。

 リノンは嬉しさのあまり、モルトヴァンの空を舞った。

 その飛箒は、世界一を冠するジェットコースターが可愛く思えるほど凄まじく、悠太は今度こそあの世へ旅立ってしまうかと思った。

 以降、ぴったりとくっついて離れてくれないのだ。リノンの喜ぶ気持ちは、とても有り難いのだが、流石にずっとこのままというのは気が引ける。

「陛下、それはなりませんっ!」

「そうですわ! 一国の女王となったのでしたら、もっと慎みを持つべきですわっ!」

 悠太の気持ち汲んだワケではないが、アメリーとヴァレンティーネが悠太に味方する。

「慎んでるよ~。だって、誰もいなかったら……えへ、えへへ、でっへへ~……」

「「陛下っ!?」」

 何を想像したのか、だらしなく顔を緩めるリノンから、アメリーとヴァレンティーネが悠太を取り上げようと、その腕を掴む。

「あっ、ダメだって! ゆーくんの指定席はここなのっ!?」

「何が指定席ですかっ!? だいたい、陛下はユータを独占しすぎですっ!!」

「まったくですわっ! ユータ殿はわたくしに任せて、早く公務に戻られたほうがよろしいですわよっ!!」

「じゃあ、ゆーくんも公務に連れていくよっ!!」

「ちょ、待ってっ!! 今度こそ本当に腕がもげるっ!?」

 腰をリノンに、両腕をそれぞれアメリーとヴァレンティーネに引っ張られる悠太は必死だ。

「ハァ、お前さん方は……やめんかっ!!」

 ジョルジョアンナがリノン、アメリー、ヴァレンティーネの順で頭を小突いた。

 鈍い音がしたのでかなり痛そうだ。悠太は揃って頭を押さえる彼女達を見て、ちょっとだけいたたまれなくなった。

「あの、ユータ様……」

 そこでアメリー達同様、悠太を膝の上に乗せるリノンを面白くない様子でソファから眺めていたコーデリカの側に控えていたナターシャが、悠太の前に進み出て一通の手紙を差し出した。

「……僕にですか?」

「はい。出撃前にフェルディナンド様よりお預かりしておりました……『俺の身に何かあったら、ユータに渡せ』と……」

「えっ!?」

 悠太は慌てて封を開け、入っていた羊皮紙を広げた。

 そこには達筆な字でこう綴られていた。

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