終章

35

 〝第二次モルトヴァン戦役〟が終結してから七日後。

 崩れかかっているモルトヴァン城のバルコニーから、正式に戴冠したリノンが純白のドレス姿で演説を行っていた。

「わたし達はレムルスという脅威から解放されましたが、同時に偉大な英雄達を失いました」

 傍らに控える王立魔導騎士団長のアメリーが鼻を啜り、筆頭宮廷魔導士のジョルジョアンナが、その背中にそっと手を添えた。

「その一人は、私の……ぐじゅっ!」

 リノンも鼻声になり、目元を覆う。

 同時に、空中に浮かんでいた巨大な魔晶投影に悠太の肖像画が映る。

 下に走る大通りには、悠太や『夜明けの月』の遺体が収まった棺を担ぐ王立魔導騎士団がゆっくりと進む。

 沿道には、各地に散らばっていたルバチア王国民の生き残りや、悠太とともに〝第二次モルトヴァン戦役〟に臨んだ魔導士達が並ぶ。

 今や悠太を臆病者と罵る者はいない。悠太無くしてはヴェルバリタの解放は成らなかった。

 あれから悠太の意識は戻らず、リノン達は必死に回復魔法をかけつづけたが、心臓も呼吸も停止したままであった。

 悲しみに身を引き裂かれる思いであったリノンだが、やるべきことを推し進める。

 悠太やフェルディナンド達が、その身を投じてくれた末のルバチア奪還。

 今、彼らの国葬と、復興開始の宣言を、ヴェルバリタ中に伝信している最中なのだ。

「うぅ、うぐ……!」

 しかし、とうとう立っていられなくなり、リノンの演説が中断してしまう。

「陛下ぁ~!」

「ほれ、しっかりせねば、天国のユータに笑われますぞい」

 アメリーは顔をぐちゃぐちゃにして駆け寄り、口ではそう言うジョルジョアンナも目尻に涙を滲ませて、リノンを支える。

 リノンは小さく頷き、ハンカチを取り出してズーピーと盛大に鼻をかんでから、再び集まった者達へと向き直る。

「わたしは、一生……いえ、来世でも彼らのことを忘れませんっ! そして、彼らがもたらしてくれた平和をずっと守っていけるよう、ルバチアを豊かな国にしていきたいと、ここに誓います!」

 このリノンの宣誓は、十年も経たない内に実現することとなる。

 かつて以上の活気に満ちあふれたルバチアは、グゼリアとシュレーフォスの国力を遙かに上回る大国へとのし上がるのである。

「ですが、今は……今だけは、彼らの死を静かに悼みましょう」

 リノンが両手を組むと、その眼下――モルトヴァン城の入口に、悠太達の棺が到着する。

 周辺には、ヴァレンティーネとコーデリカとナターシャ、人の姿に戻ったチッカらが、リノンと同様に手を組んで俯いていた。

 その後ろに並ぶルバチア兵士の列がラッパを鳴らすと、皆が黙祷を捧げる。

 清々しく晴れ渡ったモルトヴァンの空に反し、随分と悲しげな音色である。

 それに混じり、しめやかな場に相応しくない物音が立つ。

 発生源は悠太が眠る棺からであった。

 ガタガタと蓋が震え、皆が狼狽えた。

 そして、

「やっと開いた……って、何事……っ?」

 棺の中から上半身を起こした悠太が周囲を見渡してビクッとなる。

 拍子に尻尾が棺から顔を出し、頭上の猫耳がピクリと跳ねた。

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