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『オァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 変声器でも使ったような耳障りな叫び声を上げながら、ソフィが苦しんでいた。

 途端にボコボコと肩や太ももが膨れ上がっていく。

 拙い。悠太は再び皆に振り返る。

「すぐに防護障壁の準備を! レムルスの木ごと防げる大きさでお願いします!」

 いつになくシリアスな悠太の剣幕に、リノン達とチッカを除く全員が背筋を伸ばして頷き、すぐにレムルスの木を囲み、詠唱に入る。

「真剣なゆーくんもステキ……」

「ええ、とても凛々しいですわ……」

「姉として、私も誇らしい限りだ……」

 リノン達は悠太のギャップにやられていた。

「何してんのっ! りっちゃん達も早くみんなに協力して!」

「う、うん!」

 怒鳴られてビックリするも、リノンは従う。ヴァレンティーネやアメリーとともに輪の中へと加わった。

「まったく……何言ってんだか……」

 他の者達に合わせて詠唱し始めた彼女達のに呆れ、嘆息した悠太であったが、すぐにチッカに向き直る。

「チッカ。ちょっと手伝って欲しいんだけど」

「なんだ? チッカ、何する?」

「ソフィを少しだけ抑えてくれないかな? 三十秒くらいでいいんだ」

「わかった!」

 チッカはすぐにソフィへと向かった。

 両手で顔を押さえる彼女の首筋をがぶりと噛みついた。

 すると、腫れ上がっていた箇所がしぼんでいく。

 チッカの持つ力が、ソフィの中で暴走したレムルスを鎮めているのだ。

 狙い通りだ。狼の姿となったとき、チッカが何者であるか見当をつけていた悠太は目を閉じ、頭の中で強く猫の手を思い描く。

(……できることなら助けたい……でも……)

 手遅れかもしれない。おそらく、自我はほとんど残っていないだろう。

(いや、迷うな! もう、これしかないんだ!)

 命を絶つことは不可能であるがゆえに、選択肢は限られる。

 悠太が心を決めると、食らいついていたチッカが振り放された。壁に叩きつけられキャインと一鳴きし、床に落ちる。

 途端に抑制されていたソフィの膨張は、一気に息を吹き返す。

 頭部が、腕が、胴体が、足が、最早原形をとどめない。全てを押しつぶす勢いで白い塊が肥大化していく。

 しかし間に合った。後方でリノン達がマーブル模様の防護障壁を展開するのを感じ取り、悠太は前へと跳んだ。

「ソフィ――っ!!」

 振りかぶった右手、猫の爪で白い塊となったソフィを引っ掻いた。

 黒い三本の傷跡は、ぐにゃりと歪み、すぐに渦となる。

 渦は内側にめくれるように広がっていく。

 その向こう側は、深淵の闇が広がる次元の狭間だ。

 倒すことができないのなら、封印するか、誰もいない場所に飛ばすしかない。

 悠太が選んだのは後者だった。

 しかし、安定しない。超強力な掃除機を前にしたような、体ごと吸い込まれる勢いである。

「くっ!?」

 悠太は必死に体を空中に固定させようとするが、徐々に引き込まれていく。

「まだかっ!?」

 発生させてしまえば、あとは自動的にやってくれるが、その吸引力に反し、渦がソフィを飲み込んでいく速度は遅い。

 そこで渦の中心から何者かの気配がした。

 顔の半分と右手、そして下半身が欠けた状態であるも、切断面は3Dポリゴンの失敗作のように四角い凹凸があるだけである。

 ソフィの精神体アストラルだ。

 本来、不死身の彼女なら、精神体であっても再生するはずである。

 それが始まらないということは、やはり憑依させたレムルスがよほど強く影響を及ぼしているのだろう。

「せめて、あんただけでも……っ!!」

 ソフィは残った左手を伸ばしてきた。猫の手には触れずに腕を掴み、少しずつ渦の中へと悠太を引き込んでいく。

「くっ! このっ!」

 振りほどこうとするが、上手くいかない。

「絶対に放さないっすよ!」

 ソフィは醜女のごとく嗤った。

「くっそっ!」

「私はあんたを許さないっすよ。これからたっぷり時間をかけて痛めつけてやるっす!」

 ポッと出の余所者異世界人に、三千年に渡る行いを邪魔されたのだ。恨まれてしまうのも当然だ。

 だが、悠太には彼女と二人きりで闇の中を延々と過ごすつもりは毛頭ない。

「離せっ!!」

 それでも今の悠太にはどうすることもできない。渦はもう眼前まで迫っている。

 もうダメだ。悠太が諦めかけたそのとき――。

「嫌がってる奴を無理矢理ってのは、どうも好きじゃねえ」

 音もなく姿を現したフェルディナンドが、悠太の腕を掴むソフィの左手を引きはがした。

 そしてソフィの欠けた頭部を押し込みながら、右足で悠太を蹴り飛ばした。

「フェ、フェルディナンドさんっ!!」

 落下しながら、渦が遠ざかっていくの目にしつつ、悠太は耳にした。

「今まで済まなかったな、

「え?」

 悠太が声を上げた瞬間、渦は二人を飲み込み、轟と音を立て、一気に収束していく。

「待って――」

 悠太は気付いた。

 しかし、無情にも渦は完全に消えてしまう。

「ユータ!」

 仰向けに落ちてきた悠太をチッカが背中で受け止めた。

「だいじょぶか?」

「うん、ありが……と…………!」

 悠太は振り返るチッカの頭を撫でてやろうとしたが、意識が朦朧とし、そのまま横になる。

「ユータっ! しっかりする!」

 チッカの声が耳元で響くがどうにもならない。

 力を使い過ぎた反動なのか、全身に力が入らない。

(これは……本当にヤバイかも…………)

 急に耳鳴りがし始め、口の中もカサカサに乾く。

 そして頭が割れるように痛み出し、心なしか、鼓動も弱くなっている気がする。

 これまで味わったことのない自覚症状に、悠太は今度こそ死を覚悟した。

(……りっちゃん……元気で……ね……)

 慌てて箒で飛んでくるリノンの姿を焼き付け、悠太はそっと目を閉じた。

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