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 貧しい炭鉱夫だったグスタフは、鉱山の奥深くで、七色に輝く不思議な石を見つけた。

 他の者は昼の休憩で外に出ており、こっそりくすねて帰ろうとグスタフが触れた瞬間、石は泡が弾けるように消えた。

 驚く間もなく、グスタフの頭の中には湯水のように溢れる知識が入り込んできた。

 読み書きすら出来なかったグスタフは気が狂いそうになったが、すぐに自分が魔法を使えることを理解した。

 そしてグスタフは思った。

 これで今の暮らしから抜け出せる、と。


 当時、すでに泥沼の戦乱の最中だった。

 グスタフの住まうグゼリアも、現在ほどの圧倒的な国力はなく、周辺諸国との戦で一進一退の攻防を強いられていた。

 魔導士となったグスタフは、兵に志願した。

 魔法を使えば、一兵卒から騎士団長へと成り上がることも夢ではない。

 実際、グスタフの戦働きは凄まじかった。

 剣術の心得が全くない素人にしか見えない彼に、次々と勇名轟く騎士や傭兵達が敗れた。

 あるときは巨大な戦斧をその身に受けるも無傷であり、またあるときは分厚い盾を光り輝く剣で貫く。

 さらに弓すら使わず、遠くの敵を射貫き、終いには空まで飛ぶ。

 全てが桁外れであった。


 グスタフを擁するグゼリアは、帝国を名乗れるほど、その領土を広げた。

 グスタフ自身も念願だった騎士団長への就任を果たし、敵国から〝魔王〟と恐れられるようになっていた。

 暮らしは実に豪奢になった。帝都に築いた邸宅は、公爵すら羨むほどであり、食事も元宮廷料理人を雇い入れ、毎食、高価な食材をふんだんに取り入れた贅沢なものを食した。

 また女にも困らなかった。

 街で声をかけることもなく、勝手に向こうからやって来てくれる。

 その殆どが貴族や大富豪の娘であった。

 魔法という圧倒的な力に目を付け、取り入ろうとしているのは明らかだった。

 グスタフは、次から次へと持ちかけられる縁談を断りながらも、言葉巧みに唆し、その柔肌を愉しんだ。


 〝魔王〟の二つ名に恥じない出鱈目な暮らしを送るグスタフであったが、気付いてしまう。

 望めば大抵のものは手に入るようになったが、孤独なのだ。

 近づいてくる者は、自身の魔法に利を求める者しかいない。本当の自分を理解してくれる者などいなかった。

 グスタフは、分かち合える者を探すため、騎士団を辞し、グゼリアを出た。

 あの不思議な石によって、その力に目覚めた唯一無二の人のように思えたが、実は魔力は誰しもが持ちえるものである。

 その量に差があり、魔法を扱うにいたれる者と、いたれぬ者に分かれる。

 そして、いたれる者は、その扱い方を知らないだけなのだ。


 グゼリアを出て十五年が過ぎた頃。

 グスタフは四十八人の弟子とともに、大森林で静かに暮らしていた。

 大陸の西方諸国に跨がる大森林は、身を隠すのにうってつけであり、また大地に眠る魔素も豊富で、魔法を探求するのにも適していた。

 そこには、かつての〝魔王〟はいなかった。

 白髪交じりの初老の男が、人種の異なる弟子達に、冗談を交えながら魔法の講義をする。

 これまで自らのことだけ考えて生きてきたグスタフにとって、誰かに物を教えるという行為は、とても新鮮だった。

 当初、自分が当たり前に出来ることも出来ない弟子達に苛立ったこともあったが、真摯に魔法と向き合い、日々努力する彼らの姿に心打たれ、それが実ったときは一緒に喜んだ。

 己の全てを伝え、あるいは新たに生み出したものを分かち合い、さらにそれを次代へと託す。

 魔導士を育て、魔法を広めることこそが、グスタフにとっての使命に思えた。


 だが神は、改心した彼の思いを汲みはしなかった。

 日々、弟子の教育と魔法を探求し続けるグスタフの元へ、グゼリアから使者が来た。

 グゼリアはグスタフを失ったことで、負け戦が続き、存亡の危機に瀕していた。

 使者は魔王を連れ戻すよう命じられ、敵中突破を繰り返し、ようやく辿り着いたのだ。 

 話を聞いたグスタフは悩んだ。

 この大森林で己の使命を見いだした。今更、戦場に戻る気は起こらない。

 だが、グゼリアがなければ、今の自分は存在しなかったのも事実。

 使命と祖国。その二つを天秤にかけることは、グスタフにはできなかった。

 すると、弟子の一人が言った。

 お師匠様がいかないなら、俺がいきます、と。

 彼に続き、俺も、私も、と弟子達が名乗りを上げる。

 彼らは若かった。

 ゆえに、見た目が派手で効果も分かりやすい攻撃魔法を使いたがる。

 全てを伝えると心に決めた手前、教えざるを得なかったが、グスタフは皆に攻撃魔法の無断使用を固く禁じていた。

 常日頃より、魔法は世のため人のために使うものであり、決して他者を傷つけるものではない、と口酸っぱく説いていたのだ。

 かつての己の所行を棚に上げてよく言う、とグスタフ本人も眉根を寄せたことはあったが、やはり戦に荷担する気にはなれない。

 何より、人殺しをさせるために今日まで弟子達を育てたつもりはない。グスタフは使者を追い返した。


 だが、弟子達はグスタフが寝静まったのを見計らって、使者と落ち合いグゼリアへ向かった。

 自分達の魔法がどれほどのものか、試したかったというのもあるが、使者が提示した条件も魅力的だったのだ。

 地位、名誉、そして富。

 これらは魔法よりも厄介だ。人が持つ欲望という名の業を巧みに操り、縛りつける。

 魔法を扱うことができるとはいえ、彼らも人の子である。その魔性の魅力に抗えなかったのも当然のことだった。


 一人残らず弟子達がいなくなったことを知り、グスタフは嘆いた。

 これまで説いてきた教えは、彼らには届かなかったのだ。

 〝魔王〟だった頃の報いなのかもしれない。グスタフは、しばらく自問自答を繰り返した。

 ここですぐに弟子達を連れ戻しに行けばよかったのだが、心労がたたり、グスタフは寝込んでしまった。


 そうして一年が過ぎた。

 やせ細り、白髪に染まりきったグスタフは、年齢以上に老け込んだ。

 そんなグスタフの元へ、弟子の一人が帰って来た。

 ソフィだ。

 彼女は戦の愚かさというものを痛感したのだ。

 グスタフは喜んだが、ソフィの話を聞き、再び落ち込んだ。

 魔導士の再来でグゼリアは息を吹き返した。削り取られた本来の領土を取り戻し、果敢に敵国へと攻め入った。

 だが、敵国も同じ轍を踏まない。魔導士を引き込もうと、ありとあらゆる手を講じた。

 そうして弟子達は散り散りに散り、敵同士となって相まみえることとなった。

 また各国は戦力の拡充をはかるため、魔導士の素養ある者を募り、弟子達に教えさせた。

 結果、戦乱はさらに拡大し、人々の生活を苦しめた。

 敗戦国は当然ながら戦勝国ですら、貧困にあえぐ者が続出した。

 これ以上はヴェルバリタそのものを危うくさせる。グスタフは、事態の収拾に乗り出すことを決めた。

 願うのは、争いのない完全なる平和な世界。

 だがそれは、残念ながら夢物語である。

 人の歴史とは闘争の歴史だ。仮に統一国家を築いたとしても、以前同様、価値観や人生観の違いから内乱が起こったり、貧富の差などから夜盗などが生じたりと、争いの火種は尽きない。

 ならば、人ではない別の何かと永続的に戦を続けさせることで秩序を保たせてはどうか、とソフィが提案した。

 その敵が強大であればあるほど、いがみ合っていた敵国同士が手を取らざるを得ない。

 当然、グスタフは反対したが、他に良案もなく、ソフィに押し切られる形でレムルスの木を作ることとなった。

 だが、完成までの道程は極めて困難なものであった。

 言わば世界を変える代物だ。基礎理論を構築するにも、実に十年の歳月を費やした。

 

 その後、無限とも言える失敗を繰り返しながら作り上げたレムルスの木。

 生み出される化物レムルスは、人の魂と大地に眠る魔素を対価としているだけに、圧倒的だった。

 特に、魔法でしか倒せなかったのが大きい。

 これは、結果的に魔導士の存在が戦乱を拡大させたことへの罪滅ぼしと、魔法を存続させるための二点から、意図的にそうさせたのである。

 魔法には人々の暮らしを爆発的に豊かにする力があるのは確かである。

 だが周知させるには遅すぎた。

 魔導士は兵として、魔法は戦う力として、すでに認識されてしまったのだ。

 全の責任はグスタフにある。グスタフは自らレムルスの実となり、魂を捧げた。

 完成から五年。

 人同士の戦は、完全にレムルスとの戦いへと移行していき、グスタフは、魔法の存続とヴェルバリタに真の平和が訪れることを願いながら、その生涯を終えた。

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