30

 そこは、だだっ広い空間であった。

 ドーム状の天井自体が輝き、中央に真っ白な大木が聳える。

 枝には葉はなく、代わりに果実のようなものが無数にぶら下がっている。

 空豆状のそれは、水色の液体に満たされており、中に何かが入っていた。

「あれは……!?」

 木から数十メートルほど離れた場所に立つ悠太が愕然とした。

 中に入っているのは、裸の人間であった。

 老若男女問わず、母親の腹の中にいる胎児のように体を丸め、たゆたっている。

 いずれの表情も苦悶に満ちており、明らかに強制的に囚われているのが窺える。

「酷いですわ……」

 ぽつりと呟くヴァレンティーネに悠太も、そしてその場にいた誰もが顔をしかめた。

「これがレムルスの木――奴らの巣だ」

 フェルディナンドが告げると、レムルスの木のてっぺんから赤いシャボン玉のようなモノが生まれ、ふわふわと浮かび上がり、まるで綿雪がアスファルトに染みこむように、天井へと消えて行く。

「ああやって、レムルスが生まれる……」

 フェルディナンドが顎でしゃくって見せながら続ける。

魔素マナを求めることから、レムルスは魔素から出来ているってのが有力説だが、本当は少し違う。根から吸い上げた魔素に、人間の魂を掛け合わせることでレムルスを作り出すんだ。そうすることでレムルスは、初めて意志を持つことが出来る……」

「木の実みたいにぶらさがってる連中は、あのまま死んでいくんすよ。魂の純度が高いっすから、すぐにってわけじゃないすけど、一生、お天道様の下を歩くことはないっす」

 フェルディナンドの解説をソフィが引き継ぐ。

「……あの」

 悠太も、その悲惨さに顔をしかめながらも、フェルディナンドとソフィに向き直る。

「なんだ?」

「どうして、そんなに……」

 詳しいのか。悠太は二人を訝しんだ。

「俺達は、いや、残ってくれた連中も含めて、ある組織に属してる」

「組織、とは?」

 悠太同様に疑問を抱いていたヴァレンティーネもフェルディナンドに眉根をひそめる。

「レムルスからヴェルバリタを解放するために活動している『夜明けの月』だ」

 その言葉に悠太とヴァレンティーネだけでなくリノン達も息を飲んだ。

 驚くのは無理もねえな、とフェルディナンドは苦笑した。

「レムルスは、自然発生した化物じゃねえ。一部の人間がヴェルバリタを支配するために作り上げた、道具なのさ」

「し、支配するためって、一体誰が……っ!?」

「それは――」

 そこでフェルディナンドを遮るようにソフィが両手を打ち鳴らす。

 瞬間、パキパキと氷にヒビが入るような音が響く。

「なっ!?」

「えっ!? み、みんなっ!?」

 フェルディナンドと悠太を除く全員の足が石と化していく。

「な、何事――」

「ど、どうなっていま――」

「ほぇっ!? ゆーく――」

 石化は止まらない。みるみるうちにリノン達の全身を石に変えてしまった。

「安心して欲しいっす。彼女達はまだ生きてるっすよ」

 えっ? と悠太が声を発するとソフィはその場から飛び退いた。

「今はまだ私らの声は聞こえるっすけど、あと半刻もすれば、完全に石になってしまうっす」

 ソフィがそう告げると、彼女を護るように四人の人物が現れる。

「あなた達は……っ!?」

 その四人とは、純白の法衣と三角白頭巾を纏う元老院であった。

「ソフィっ!! てめえっ!!」

 フェルディナンドは無詠唱で魔光剣を作り出すと、ソフィへ向かって飛び出した。

 しかし、それ以上の速さで元老院達がフェルディナンドを囲み、顕現させた魔光剣で彼の腹部を四方から貫く。

「うぐっ!?」

「フェルディナンドさんっ!?」

 魔光剣が引き抜かれるとフェルディナンドは吐血し、崩れる。

 そして元老院達が取り押さえた。

 その光景を満足そうに眺めながらソフィが口を開く。

「いつバレるかヒヤヒヤしたっすけど、案外上手くいくもんすね?」

「まったくだ。まさかてめえだったとはな……してやられたぜ……ぐはっ!?」

 眼光鋭いフェルディナンドだが、口からさらにおびただしい量の血を吐き出す。

「少しの辛抱っすよ。少年との話が済んだら楽にしてあげるっすから。さて……」

 ソフィは、ぐったりとなったフェルディナンドから、悠太へと向き直った。

「何から話せばいいっすかね?」

 萎縮して動けず、フェルディナンドを助けることができない悠太は、何をどう聞けばよいか分からず沈黙した。

「とりあえず一から話してあげるっすよ」

 見かねたソフィが嘆息し、続ける。

「と、その前に一つだけ訂正させてもらうっすよ……さっきフェルディナンドが『一部の人間がヴェルバリタを支配するため』って言ったっすけど、それは大きな勘違いっす。私ら元老院は、ヴェルバリタを守るために、このレムルスの木を作ったんすよ」

「ヴェルバリタを……守る……?」

「そうっす。少年も知ってのとおり、かつてこのヴェルバリタは、争いに満ちた世界だったっす。それを止めるために、お師匠様と一緒に作ったんすよ」

 その師匠とやらが誰なのか分からず、悠太が首を傾げると、ソフィがクスリと笑った。

「少年も知っているはずっすよ。なんせ、私らのお師匠様っていうのは、魔導士の始祖、グスタフ・シュタインヴィッヘルその人っすからね」

 ソフィの言葉に悠太はびくりと身を振るわせる。

「巷で流布されている話とは、だいぶ食い違ってるんすけどね……」

 そう前置きしたとおり、ソフィが語ったグスタフの半生は、悠太が図書館で知り得たものとは、かなり異なったものであった。

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