29

 扉を抜けると、玉座の間の雰囲気にも似た通路がずっと続いた。

 だが、損傷はこちらの方が酷い。

 きっと、王族を守るために兵士達が必死に戦ったのだろう。再び眠るチッカを背負ったままの悠太は、至る所に横たわる遺骸を見て、胸が締め付けられる思いに駆られながらも、その凄惨さから口元を押さえた。

「ゆーくん、大丈夫?」

「……う、うん」

 振り向きはしなかったが、リノンが聞いてくるので、悠太は心配かけまいと強がった。

「……その……りっちゃんこそ、もう平気?」

「うん、平気」

「そっか。それなら、よかった」

「「よくない(ですわ)っ!?」」

 悠太が安心すると、アメリーとヴァレンティーネが左右から箒を寄せてくる。

「ユータ、自分を偽ってはいかん! 素直にお姉ちゃんの後ろに乗りたいと言うんだ!」

「何をおっしゃってるのっ!? ユータ殿は、わたくしの後ろに乗りたいのです! ですが、恥ずかしくて言い出せないのですわ! まぁ、なんていじらしいユータ殿!」

「いや、その……」

 決めつけ、何やら熱っぽい視線を送ってくるアメリーとヴァレンティーネへ、悠太は返事に窮する。

「いやいや、それは絶対あり得ないよね~。二人とも、見当違いも甚だしいよ?」

「今まで散々足を引っ張ってきたあなたにだけは言われたくありませんわよっ!」

 リノンが見る者をイラっとさせる顔になるので、ヴァレンティーネがイラッとした。

 それを尻目にアメリーがそっと悠太へと手を伸ばす。

「さ、今のうちにお姉ちゃんの後ろへ――」

「だから、ゆーくんはアメリーちゃんの弟じゃないって、ずっと言ってるでしょっ!? そうじゃなくて、ゆーくんはわたしの…………えへ、えへへ、でっへへ~っ!!」

 アメリーの手をパシンと払うリノンが何を想像したのか、怪しく笑い始めた。

 途端にふらりと揺れて悠太が慌てる。

「わっ!? りっちゃん、前見て!」

 ハッとしたリノンは、すぐさま柄を引き、態勢を立て直した。

「そうだよね! たとえ貧乏でも、ちゃんと前を見て、二人で支え合って生きてこうね!」

「何の話っ!?」

「もう~、ゆーくんってば~、分かってるくせに~!」

 おばちゃんがよくやる「やーねー」の手の振りをしたリノンが、再びでへでへと笑い始めたので、またも揺れる。

「ちょっ、本当に、危ないってばっ!?」

 悠太が落ちそうになり、つられてチッカもぐわんぐわんに頭を振るが、未だ眠っている。

 口の端から涎を垂らし、とても満足そうな顔をしているので、きっと食べ物をたらふく食べている夢でも見ているのだろう。

「ほら、ゆーくん。ちゃんと掴まってないと危ないよ?」

「りっちゃんの所為だよねっ!?」

 ツッコミを入れつつも、リノンの腰にしっかりと腕を回し直す悠太。

「そうそう、ぎゅっとしててね! あ、でも、それより上は触っちゃダメだよ? まだ明るい時間だから……」

「さ、触らないよっ! っていうか、前、前っ! 前~っ!!」

 胸を押さえて「いやーん」と照れるリノンへ、T字路に差し掛かっていることを悠太は必死に伝える。

 先を行くフェルディナンド達は難なく右へと曲がる。

 対し、もつれ合う悠太達は、壁を擦りながら、辛くも曲がりきった。

 肘と肩をぶつけそうになり、悠太は猫耳と尻尾、そして鳥肌を立たせる。

「気をつけろリノン! 私の可愛いユータを傷物にする気かっ!?」

「か、可愛いって……」

 色々と指摘したいところであったが、悠太は自身のコンプレックスを刺激する、一番言われたくない単語に反応し、しょんぼりとなった。

「アメリー! あなたの所為で、ユータ殿が落ち込んでしまったじゃありませんの!」

「違うな。ユータはアメリーお姉ちゃんの弟でいる喜びをしみじみと噛みしめているのだ」

 どう見ても違うが、アメリーは信じて疑わない。

「そんなはずはありませんわ! ユータ殿はわたくしの隣に並び立ちたいと願っているのですわ! それも、もうすぐですわよ、ユータ殿! この戦いが終わったら、すぐにお迎えにあがりますわ!」

 反論したヴァレンティーネが、盛大に死亡フラグを立てようとする。

 そこでリノンが、ぐふふと笑う。

「子どもは一人っ子だと寂しいだろうから、最低でも二人は欲しいよね~。勿論、男の子と女の子の両方だよ? 男の子はリッタくん、女の子はユノンちゃんだね! あと、おうちは庭付きの海が見えるところがいいなぁ! そこで、わんちゃんを飼って……」

「だから、何の話っ!?」

 まるで新婚生活のような計画を聞かされ、吃驚した悠太は声を上げるが、リノンの耳には届かない。締まりのない顔でなおも笑う。

「りっちゃん、しっかりしてよっ!?」

 悠太は、新種のレムルスによる精神攻撃か何かだろうか、と心底焦った。

 しかしリノンは、先導するフェルディナンドや突撃部隊の面々に遅れることなくついて行く。

 右へ左へと何度も曲がり、現在位置が分からない悠太は、ここで取り残されたら絶対に迷子になる自信がある、と確信した。

 そうして、一行が辿り着いたのは、行き止まりであった。

「ここは……?」

 片側一車線ほどの幅はある通路を囲む灰色の壁と天井と床をきょろきょろ見ながら、悠太は未だデヘっているリノンの箒から下りた。

 するとフェルディナンドは跪き、右手の掌を床に這わせた。

 ドゥン、と音が鳴り、銀色の魔法陣が壁際に届くまでの大きさで浮かび上がる。

 その中心に移動したフェルディナンドはぶつぶつと詠唱を始めるが、唸った。

「……流石に変えられてるか……」

「え?」

「少し時間をくれ。全員、この場で待機……いや、迎撃を頼む!」

 悠太を無視し、来た道を振り返るフェルディナンド。

 視線の先では、無数の赤い波紋が床中に広がっていた。

 そして波紋から姿を現わした赤レムルス達は、謎のウイルスが蔓延し、封鎖された街を脱出するゲームに出てくる元人間のように、緩慢な動きで近づいてくる。

「坊主! 強化してくれ!」

「こっちもよ! 早く!」

「は、はい!」

 身構える突撃部隊のメンバーから次々に呼ばれ、悠太はチッカを背負ったまま、再度猫の手を出して彼らを強化していく。

 体が光に包まれた順に赤レムルスの群れへと向かう。

 属するギルドもバラバラで、無名であるはずの彼らは、『白銀団』にも負けない連携で赤レムルス達を圧倒する。

 だが赤レムルス達も引き下がらない。後方に控えていた一体が、キーマンとなる悠太へ、まるで針に糸を通す精度で尖らせた腕を伸ばしてきた。

「ゆーくん、危ないっ!!」

 いつの間にかトリップ状態から戻っていたリノンの声に悠太は顔を上げた。

 しかし、すでに遅かった。槍と化したレムルスの赤い腕が眼前に迫っていた。

 避けられない。今度こそ貫かれると確信した悠太は、固く目を閉じることしか出来なかった。

「あたっ!?」

 しかし、何かに突き飛ばされ床に倒れる。

「な、何が……っ!?」

 目を開け、立っていた場所を見れば、チッカが素手でレムルスの槍を掴んでいた。

「チッ……カ……っ!?」

「チッカ、任せる!! ユータ、下がるっ!! 早くっ!!」

「う、うん!」

 チッカの迫力に気圧され、悠太は猫の手を解き、リノン達の元へと行く。

 そして、チッカへと振り返れば、戦っている魔導士達よりも前へと飛び出し、赤レムルス達を蹴散らしていた。それも武術の達人のような流れる動きで一切を寄せつけない。

「なんだっ!? あれはっ!?」

「ゆ、夢でも見ているんですのっ!?」

「ほぇええ――っ!?」

 まさに〝うわようじょつよい〟を地でいくチッカの姿に、リノン達はあんぐりと口を開けた。

 レムルスは魔導士の魔法でしか倒せない。ましてや、この赤レムルスにいたっては、猫の手で強化した魔導士のみが、それを可能とするはずだった。

 その常識を覆すチッカをリノン達だけでなく、ソフィや、ジョルジョアンナと『ほうき星』の面々も愕然として目で追う。

 無論、悠太もである。

「……よし、繋がった!」

 そんな中、一人詠唱に没頭していたフェルディナンドが声を上げる。

 同時に足元の魔法陣が輝きを増す。

「いいか? こっから先、何があっても取り乱すなよ? 俺達の目的はただ一つ。この世からレムルスを排除することだ!」

 それは暗に無事に帰れる保証はないと宣告されたようなものである。悠太はごくりと唾を飲みこんだ。

 覚悟を決めたはずであるが、改めて言われると、やはり恐ろしい。先日レムルスに喰われた魔導士達の無残な姿が脳裏をよぎる。

「ゆーくん」

 気遣うようにリノンがこくりと頷く。

 彼女は緊張した表情を浮かべ、何とか笑おうとしていた。

 悠太は頷き返し、アメリーとヴァレンティーネを見る。

 二人もリノン同様、ぎこちない笑みで首肯した。

 普段、何かとよくしてくれる彼女達も、どうにか恐怖を抑えこんでいるのだ。自分だけが怖じ気づくわけにはいかない。

 悠太は腹をくくり、フェルディナンドに向き直る。

「いくぞっ!」

 フェルディナンドが吠えると、魔法陣が輝きを増し、悠太達を包み込む。

 そして、一拍の間を置いたのち、悠太達の姿は消えた。

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