28

 レムルスの襲撃もなく隠し通路を進んで行くと、広く薄暗い部屋に繋がった。

「ここは……?」

「……玉座の間ですの?」

 リノンに絡みつかれた悠太に続き、ヴァレンティーネがきょろきょろと見渡した。

 手前には背もたれの折れた玉座が二つあり、後ろの壁には、青地に白のルバチア王国の国旗の上半分――杖が交差するもばっさりと切れている――が垂れ下がっている。

 悠太達がいる段の下、床と天井の間を埋めるかのように柱が林立しているが、半数近くが崩れている。

 床はチェス盤みたいなモノクロの正方形のタイルが敷かれているが、瓦礫に覆われていたり、ヒビや穴が開いている箇所が目立つ。

 そのあちらこちらに、黒ずんだ血痕と白骨化した遺体が転がっていた。

「……っ!!」

 胃からこみ上げたものを必死に堪えた悠太であるが、それ以上にリノンの様子がおかしい。しがみついていた手を離して蹲り、頭を抱えて震えだした。

「り、りっちゃんっ!?」

「どうしたんですのっ!?」

 悠太とヴァレンティーネが慌て、その肩に触れようとしたが、奪い取るようにしてアメリーが抱きかかえ、悠太達へ振り返る。

「貴様らが心配することではない……ジョル婆、ちょっと来てくれ!」

 何も聞くな、と目で訴えたアメリーに呼ばれたジョルジョアンナは、リノンの様子を目にし、何やら血相を変えて飛んできた。

 彼女だけではなく、『ほうき星』の面々もリノンを囲み、とても心配そうに見つめる。

「おい、どうした?」

 そこへ、未だ眠り続けるチッカを背負いなおしたフェルディナンドがやって来る。

「えっと、あの――」

「しょうがねえ、予定変更だ。『ほうき星』は撤退、ここからは俺達だけで行く」

 悠太が答える前にリノン達の様子を見てフェルディナンドが命令を下す。

「待っておくれ! リノンは問題ない! ワシらも最後まで付いて行く!」

「ダメだ」

 ジョルジョアンナが食い下がるが、フェルディナンドは首を横に振り、背中のチッカを揺り起こした。

「チッカ、出番だ」

「んあ?」

「ユータの守りに就け」

「……ん」

 寝ぼけ眼を二度ほど擦ったチッカは、ぴょんと悠太の背中に飛び移った。

「ユータ、安心。チッカ、守る」

「い、いや、守るって……」

 『白銀団』に追われるも、無事に逃げおおせていたフェルディナンドの助手とはいえ、魔法を使えないチッカがどうやって守ってくれるのか、甚だ疑問である。

「ちょっと、おチビさん! ユータ殿の護衛はわたくしがいたしますわっ!」

「やっ! ユータ、守る、チッカ、仕事!」

「だから、それはわたくしがやると……!」

「ちょっ!? 二人ともっ!」

 引きはがしにかかるヴァレンティーネと、引きはがされまいとしがみつくチッカの攻防が始まり、悠太は大いに参った。

 そんな三人を余所に、ジョルジョアンナが、なおもフェルディナンドに食い下がる。

「リノンのことはワシらで何とかする! 決して邪魔にならぬようにするゆえ!」

 『ほうき星』の面々も彼女に倣って跪いて、頭を垂れた。

「大丈夫じゃないんすか? 頭数は多いに越したことないっすし」

「ダメなものはダメだ! とっとと来た道を戻って、上の連中に加勢しろっ!」

 ソフィがジョルジョアンナらを擁護するが、フェルディナンドは頑なに首を縦に振らない。

「そこをなんとかっ!」

「くどいぜ、婆さん! 早く行け!」

 フェルディナンドが来た通路を顎でしゃくってみせると、カルミエーロが振り返ってくる。

「残念ながら、時間切れみたいですよ」

 ほら、と指し示す先には、赤い波紋があった。

 それはすぐに幾つもの数に分裂し、にょきにょきと床から生え、赤い影を現わす。

 人型サイズの赤レムルス。それが三百体以上はいる。

「ち、ほら見ろ! 三班と四班は俺と一緒に多重防護障壁マルチ・シールドを展開っ! その間、一班はユータに強化してもらえ!」

 予め振り分けていた班――一班は『白鐘団』、七班は『ほうき星』、残りはごちゃ混ぜの面子――に指示を出し、自身も詠唱を始めるフェルディナンド。

 いがみ合っていたヴァレンティーネとチッカも、敵の出現で争うの止め、悠太を『白鐘団』のところまで誘導する。

「お願いしますね」

「は、はい!」

 微笑んでくるカルミエーロに悠太は力強く頷き、すぐに猫の手を思い描く。

 もう二度と自分の所為で誰かが死ぬところは見たくない。先日、死なせてしまった者達のためにも、任務を成功させなければならない。

 その覚悟を胸に猫の手を顕現させた悠太は、急いで『白鐘団』に触れていく。

 阻止しようと赤レムルス達が腕を伸ばしてくるが、間一髪で五重にもなったカラフルな防護障壁が突撃部隊全員を包み、事なきを得る。

 しかし数で言えば、向こうに分がある。すぐに防護障壁に亀裂が生じ始めた。

「まだかっ!?」

「おまたせしました」

 最後の一枚にヒビが入り、フェルディナンドが焦れると、金色に輝くカルミエーロが同じく全身を光らせる『白鐘団』を率いて防護障壁の外へと躍り出た。

 宙を舞う深緑のローブから放たれる魔光矢は、赤く犇めくレムルス達をなぎ払う。

「遠慮は要りません。思う存分やってください」

 空いたスペースで背中合わせになって着地した『白鐘団』は、中央に立ったカルミエーロの指示に、はっ! と声を揃えて散開した。

 右手に魔光刃、左手から魔光矢。遠近どちらにも対応出来るオールマイティーな戦闘スタイルで、赤レムルスを倒していく。しかも背中に目がついているのか、当然のように互いをカバーし合いながらである。

「これが『白鐘団』……!?」

「流石ですわ……!」

「ほー!」

 まさに阿吽の呼吸である。悠太とヴァレンティーネ、そしてチッカは揃って目を丸くした。

「ぼやっとすんな! 次は二班の強化だ!」

「は、はい!」

 フェルディナンドに怒鳴られ、悠太は二班の元へと駆け出す。

 だが、

「その必要はありません。ここは我々に任せて先を急いで下さい」

 跳び上がり、魔光矢を乱射するカルミエーロに止められた。

「何言ってやがるっ! 正直、認めたくねえが、お前らは突撃部隊の主力だ! 残るなら別の奴ら――」

「やめてください。あなたに褒められるのはとても不愉快ですし、ここで足止めを喰らうのも得策ではありません。何故そんなことも分からないんですか?」

 カルミエーロは、フェルディナンドに二の句を継げさせないどころか、小馬鹿にして笑う。

 が、彼の言い分は一理ある。一度見つかれば何度でも襲ってくるのがレムルスである。たとえ色違いであってもその習性は変わることはないだろう。

「てめえっ! 後で覚えてろよ! おい、お前ら、箒を出せ!」

 逃げる三下が吐き捨てるように、フェルディナンドがカルミエーロに従う形で命令する。

 これには『ほうき星』を除く面々が小気味良い返事をし、すぐに箒を取り出した。

 そして悠太は猫の手を解き、チッカを背中から下ろし、なおも震えて蹲るリノンのところへ行くと、右手を差し出した。

「行こう。りっちゃん」

 リノンが何に怯えているのか、もう聞きもしないし、考えない。

「もうレムルスの所為で悲しむ人を見たくないんでしょ?」

 あの夜、『カタリーナ』で語ってくれた〝夢〟を心から実現したいと思うのであれば、ここで立ち止まってはいけない。

「…………ゆーくん………」

 リノンはゆっくりと悠太を見上げた。

「僕はさ、強化するしか能がないから、りっちゃんを守ってあげることは出来ない……」

 魔導士からしてみれば、猫の手の強化能力はとてつもなく凄いと言える。

 だが当の悠太は、それしか出来ない非力な己を歯痒く思っていた。

 実は、猫の手の訓練に併せ、魔法の修行もやっていた。

 折角ファンタジーの世界にやって来たのだ。自分でも魔法を使ってみたいと思うのは、年頃の少年にとって至極自然なことである。

 何より、黒猫を身に宿すのだ。その力を以てすれば可能だと考えたのである。

 しかし全くダメだった。指導してくれたジョルジョアンナに「才能ナシ」と匙を投げられた。

「でも……傍にいることは出来るから……だから、一緒に行こう」

「…………うん!」

 悠太の手を取ったリノンは立ち上がり、悠太に抱きついた。

「……ありがとう。わたしも、〝ずっと〟ゆーくんの傍にいるね」

 リノンは頬を染め、ギュッと抱きしめる。

 それは図書館で悠太がリノンに対して抱いてた思い込みを解消する重要な一言であった。

 しかし、

「モガガガっ!? ガガッ!?」

 例によって悠太は、その凶暴な胸の所為で窒息しそうになっており、完全に聞き逃していた。

「ちょっとリノンっ!? あなた、何をしてますのっ!?」

「流石にこれ以上は私も看過出来んなっ!!」

「あっ!? もうっ! いいところだったのに~っ!!」

 ヴァレンティーネとアメリーによって引きはがされ、羽交い締めにされたリノンが悔しがる。

 大丈夫そうだ。息を整える悠太は、いつもの調子が出て来たリノンを見て安堵した。

「おい、じゃれつくのは全部片付いてからにしろっ!」

 これだから若い奴は、とフェルディナンドは頭を掻いて、カルミエーロ達の様子を窺う。

 『白鐘団』は、もの凄い勢いで赤レムルス達を屠っていくが、それ以上の速度で新たな赤レムルスが沸いている。

 このままでは、箒で突っ切るのは難しそうだ。

「ご心配なく。道は作りますので、飛箒の準備を」

 シュタ、と背を向けて降り立ったカルミエーロが両手を重ねて前に突き出す。

 ちょうど玉座の間の向こう、天井まで届く扉に狙いを定めてだ。

 同時に『白銀団』が退避する。

魔光長槍ランス

 カルミエーロの手から超極太のレーザービームのようなものが放たれると、射線上の赤レムルス達は一掃され、扉もぶち抜かれた。

「よし! いくぞ!」

 すでに詠唱を完了していたフェルディナンドと他の別働隊が、箒で飛び立つ。

「ほら、ゆーくん乗って!」

「馬鹿言え! ユータは今度こそ姉である私の後ろに乗るんだ!」

「いいえっ! わたくしの後ろですわよ!」

「え、いや……」

 三人の少女達に急かされるも、悠太は誰の後ろに乗るべきか迷う。

「チッカ、ユータ、一緒」

「わっ!?」

 揉めていた隙を突き、チッカが再び悠太の背中に飛び乗った。

「おい、チッカ! 貴様っ!」

「ユータ殿から離れなさいなっ!」

「やっ!」

 アメリーとヴァレンティーネがすかさずチッカを引きはがしにかかる。

「これ、お前さん方っ!」

「早くしないと塞がっちまうっすよ!」

 『ほうき星』の面々とともに、ふわりと浮いたジョルジョアンナとソフィにも余裕がない。

 『白鐘団』はなおも戦闘中であり、カルミエーロは再度、魔光長槍を放ち、赤レムルス達が埋めつくそうとする道の確保に努める。

「ゆーくん!」

「え? わっ!?」

 チッカを悠太から離すことに加わらず、手早く詠唱を済ませたリノンが、箒の穂ですくい上げるようにして、アメリーとヴァレンティーネからチッカごと悠太を奪取した。

「リノン、貴様っ!? ええい、くそっ!」

「どうしてあなたばかりっ!?」

 アメリーとヴァレンティーネも急いで詠唱する。

「しっかり掴まって!」 

「う、うん!」

 二人を無視したリノンは、悠太が腰に手を回すと同時に加速した。

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