第五章 王都モルトヴァン
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コーデリカの声も空しく、悠太への不信感を拭えないまま、再編成した討伐隊は旧ルバチア領内へと侵入する。
隠れ蓑代わりの雲も、とうに晴れてしまい、三度ほどレムルスの襲撃を受けた。
だが、いずれも従来のモノであり、悠太無しで対処出来た。
さらに二度、通常のレムルスの群れを退け、討伐隊はモルトヴァン上空へとやって来た。
緑の山々に異彩を放つ灰色の城壁は所々朽ちており、建物も崩壊が進んでいる。
まさに廃墟と言うべき旧王都上空を、二百三十隻からなる艦隊が、左舷を内側にした単円陣で取り囲むと、中央のモルトヴァン城を守るように、赤レムルス達がその姿を現す。
それらを討つべく飛箒部隊が各艦から飛び立った。
後に、ヴェルバリタ史上最大の戦と称される〝第二次モルトヴァン戦役〟の始まりである。
指揮官フェルディナンドが立案した作戦は以下の通り。
飛箒部隊と艦隊の魔砲射撃でレムルスを圧倒しつつ、突撃部隊を城内に突入させ、レムルスの巣を破壊する、というものである。
悠太には、包囲する前に艦隊を巡らせ、飛箒部隊の強化に当たらせておくことも忘れない。
しかし先述のとおり、悠太の強化能力には、時間制限と副作用がある。
使うのが早すぎるのではないか、という意見も多く出た。
だが、フェルディナンドは突っぱねた。
魔導士の魔力はエーテルを使わずとも五、六時間ほど眠れば回復するが、物資は有限である。倒しても倒しても沸いてくるレムルスを延々と相手にするわけにもいかない。
ゆえの短期決戦。出し惜しみは厳禁なのだ。
それでも悠太の強化を拒んだギルドが半分もあり、戦況はあまり芳しくなかった。
一刻も早くレムルスの巣を破壊するため、『カタリーナ』に集まった突撃部隊は、城壁から離れること東へ約一キロの山の中に降り立った。
そこには隠し通路がある。
王や領主などの要人が住まう城には、最悪の事態を想定し、逐電するための隠し通路が設けられているのが通例であり、モルトヴァン城も例に漏れない。
まるで防空壕の入口のような扉には、魔法錠がかかっていたが、すぐに解錠して中へと入る。
「慌てず、モタモタすんな!」
眠っているチッカを背負うフェルディナンドが、入口で要求の高い檄を飛ばす。
討伐隊の総指揮官である彼は、突撃部隊の隊長も務める。
本来、ありえない配置だが、突撃部隊に課せられた任務は、敵の中枢を撃破するという、非常に難易度の高いものだ。それゆえ精鋭を要する。
だが面子が妙である。ここ一番で強化するための悠太と、カルミエーロ率いる『白鐘団』の主要メンバーはともかく、残りは殆ど無名の魔導士ばかりなのだ。
悠太の護衛役のリノン達、ジョルジョアンナと『ほうき星』、ソフィなども加わっている。
完全にフェルディナンドの人選ミスではないか、と悠太は首を捻りつつ、隠し通路を行く。
魔法の灯りで視界は確保しているものの、大人一人通るのがやっとというほどの狭さ。
そしてカビ臭く、湿気をたっぷり含んだ石畳の所為で足元が滑りやすい。
その上、悠太はリノンにがっちり抱きつかれているので、かなり歩きづらい。
彼女の柔らかく大きな胸やら何やらが当たって、心を大いに惑わすため、離れて欲しいところであるが、それを口にすることは憚られた。
リノンにはいつもの脳天気なまでの明るさがなく、ずっと俯いたままだ。
「り、りっちゃん、大丈夫?」
リノンは無言でブンブンと首を縦に振った。
全然大丈夫には見えない。
実は、今朝からリノンの様子はおかしかった。悩んでいるような、あるいは何かに怯えているようでもあった。
理由を聞いても決して教えてくれない。悠太はただ心配するばかりである。
「いい加減、離れなさいなっ! ユータ殿が歩きづらくってよっ!?」
後ろから、堪りかねたヴァレンティーネがリノンを引っぺがそうとするが、リノンは絶対に離さないとばかりに悠太に足まで絡める。
「ちょっ!? りっちゃんっ!?」
重さに耐えられず、悠太がよろめく。
「なっ!? わたくしでもそのような……いえ、とにかく離れなさいなっ!!」
「落ち着け、ヴァレンティーネ」
ヴァレンティーネのさらに後ろからアメリーが彼女の肩を掴んだ。
「何故止めますのっ!? あなたはこの不届き千万な振る舞いを許すんですのっ!?」
「今は一刻も早く目的を達成せねばならん。違うか?」
「それはっ……そうですけど……」
ヴァレンティーネは押し黙ってしまう。
現在、上空の飛箒部隊と艦隊を指揮しているのは彼女の母コーデリカである。
コーデリカも突撃部隊に参加するはずであったが、自ら辞退した。
悠太を快く思っていない連中が好き勝手しないよう、監視するためである。
無論、今回の討伐隊がどれほど重要な物か、彼らも理解しているはずであり、与えられた任務の遂行に専念するであろうが、万が一ということもある。
ましてや劣勢である。壊滅という、最悪の事態も十分あり得る。
アメリーが言うように、ここで無駄な時間を食うわけにはいかない。
ヴァレンティーネはリノンから手を離した。
「いいですことっ!? 今だけですからねっ!! 今だけなんですからねっ!!」
そして、十分に念を押すことも忘れなかった。
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