25
レムルス達の勢いは止まることを知らない。
取り付いた甲板を殴り、そのまま手を突っ込んで、魔導士や船員を掴み上げては飲み込む。
まるで幼い子どもが積み木で遊んでいるような気安さである。
「埒が明かないですわね!」
落ちないよう紐で腰を縛り合ったコーデリカが、舌打ちをする。
魔光矢や魔光槍で確実にレムルスを仕留めていくが、上回る速度でレムルスが現れる。
魔晶石が使えず、フェルディナンドからの指示がなかったにもかかわらず、自主的に救援に来てくれた他のギルドの魔導士達も加わったが、増え続けるレムルス達に対処しきれず、『アレキサンドライト』は『ジークリンデ』を残し、全ての艦を失った。
まだ物足りないのか、レムルス達は別のギルドの艦を襲う。
そうして戦場は拡大していった。
(ど、どうにかしないと……)
今、悠太に出来ることといえば、猫の手でコーデリカを強化することだが、それは無理だ。
コーデリカの助言で、眼下に広がる雲を地面だと思うことで高所恐怖症をどうにか誤魔化しているが、目の前で人が死んでいく光景は如何ともしがたい。
絶望に満ちた表情でレムルスの口内へと消えて行く魔導士達の姿が、瞼の裏にこびりついて、猫の手を上手くイメージ出来ないでいるのだ。
「ユータちゃんっ、早く!」
箒を繰りながら、コーデリカが催促してくるが、やはり猫の手を出すことが出来ない。
怯む悠太へ、一体のレムルスが左手を伸ばした。
先細りしながら伸びた中指が、悠太とコーデリカを結ぶ腰紐を断ち切る。
「わっ!?」
思わず手を離してしまった悠太は、コーデリカの箒から落ちる。
「ユータちゃんっ!?」
コーデリカは悠太を助けようと柄を傾けるが、現れた他のレムルスによって阻まれる。
その隙を突いて、レムルスが悠太へ逆の手を伸ばした。
五指は絡み合い、一本の黒い槍となって、悠太を追う。
悠太はただただ落ちながら、近づいてくる黒い槍を見つめるしかない。
よしんば猫の手を出したところで無駄だ。あれは、あくまで他者を強化するモノであって、自身の強化は出来ない。
完全に詰んでいる。元の世界にも帰れず、ケモミミという巫山戯た姿で死んでしまう。
死に直面したときに出会すというタキサイキア現象の中で、眼前まで迫った黒い槍を目に焼き付けながら、悠太は己の最期を覚悟した。
しかし、
「ゆぅうううううううううううううううくぅううううううううううううううんっ!!」
貫くはずだったレムルスの黒い槍から、リノンが間一髪で掠め取った。
「りっちゃあぶっ!?」
「よかった! よかったよ~!」
泣き出してしまうリノンに力強く抱きしめられた悠太はモガモガした。
助けに来たのか、息の根を止めに来たのか分からない。
「待っててね! 今、やっつけてあげるから!」
風で涙を拭い、鼻を啜ったリノンは、片方の手で柄を握り直すと、よくもゆーくんをいじめたな、と黒い槍を引き戻すレムルスを睨み付ける。
レムルスも、折角の獲物を取られたことに怒ってか、足を踏み鳴らし始めた。
艦は衝撃に耐えきれず、中央で真っ二つに折れ、雲の中に沈み出す。
それを踏み台にし、レムルスは宙へと躍り出た。
「ぷはぁっ!! わぁっ!?」
どうにかリノンの胸から悠太が顔を上げると、リノンは箒の柄を立てて上昇を開始する。
レムルスは両手を突き出した。
十本の指はそれぞれ尖り、地を這う蛇のごとくうねり、躙り寄ってくる。
が、死角から、コーデリカらが一斉に魔光矢と魔光槍を放つ。
悠太を狙ったレムルスは煙となって消えていくが、またも新たなレムルスが空中に現れる。
翼をはためかせ、甲高い声で鳴くと、他のレムルス達が一斉に集まってきた。
新しく現れたレムルスは他のレムルス達を飲み込んでいき、どんどん膨れ上がっていく。
「あのレムルス! なんかヘンだよっ!?」
片手で悠太を抱いたまま、旋回するリノンが驚く。
他を捕食し、レムルスがパワーアップすることは偶にあることだが、この変化は初めて見る。
「赤い……レムルス……!?」
悠太の呟きに反応したかのように、コーデリカ達が、鮮血のように真っ赤に変色したレムルスへと攻撃を加える。
光の矢と槍の群れがレムルスの赤い体を容赦なく貫くも、これまでと異なり、倒すまでには至らない。開いた無数の穴はすぐに塞がる。
お返しとばかりに赤いレムルスは腕を広げ、指を伸ばした。
鞭のようにしなり、飛び交う魔導士達をなぎ払い、あるいは絡め取る。
まるで蓑虫のような状態になった魔導士は、抜け出そうと藻掻くが間に合わない。
赤いレムルスは、絡みつけた指ごと噛切る勢いで魔導士を飲み込んだ。
「ゆーくん! 猫の手出して!」
「で、でも……!」
旋回を続けるリノンに、悠太は応じることが出来ない。得体の知れない赤いレムルスに、さらに心をかき乱され、いよいよ難しい。
すると、リノンが微笑んだ。
「大丈夫! ゆーくんなら絶対出来るよ!」
それは、かつて理乃が口にしていた言葉だ。
小学校高学年になり、周囲が段々と成長していく中、悠太は小さいままだった。
体力もなく、皆についていけないため、体育の授業や休み時間に校庭で遊ぶときは、いつもアブラムシ扱いだった。
そんなとき、決まって理乃は悠太を励ましたのだ。
「りっちゃん……」
懐かしい言葉に、悠太はコクリと頷き、目を閉じて集中する。
四の五の言わず、猫の手を出す。ただそれだけのことだ。
しかし、悠太の手には変化の兆しがない。
(お願いだ! 今だけは言うことを聞いてくれ!)
早く追い出してやりたいはずなのに、ピンチのときだけ縋る。虫のいい話だと悠太自身、唾棄すべき思いに駆られるが、これ以上、誰かがレムルスに喰われる姿を見ていられない。
(頼むよ!)
悠太の思いに応えるかのように、首輪の鈴が鳴る。
ぼんやりとした黒い光が悠太の両手を包み込み始めた。
それに気付いた赤いレムルスは、コーデリカ達を無視して、悠太へと向かう。
いや、正確には瞬間移動したと言っていい。
目の前に現れた赤いレムルスにリノンは息を飲む。
右腕を剣に変え、一刀両断する構えを取っていた。
そして振り下ろされようとした瞬間、
「りっちゃんっ!」
悠太の両手は、デフォルメされた黒猫のそれに変わっていた。
同時に、密着するリノンの体が桃色に輝く。
リノンは箒の柄を押し込み、紙一重で赤剣を躱すと、そのままレムルスの脇を通り抜けて、ぐるりと旋回した。
「いくよ、ゆーくん!」
「え? わっ!?」
リノンが、支えていた手を離したので、悠太はぎゅっと彼女の胸にしがみついた。
「あん! そこは、ぎゅっとしちゃダメ!」
「そ、そんなこと言ったって!」
落ちてしまうからしょうがない。悠太は色っぽくなったリノンを無視してさらに力を込める。
リノンは、もう一度「あん!」と艶やかな声を上げつつも、空いた手に桃色に光る剣を握る。
強力であるも、激しく動き回り、距離を詰めることが難しい空中戦では使い勝手が悪すぎる。
しかし、リノンの魔光剣は通常のそれと異なる。
強化されたおかげで魔力が高純度となり、何倍にも伸びた刀身が燃えさかる炎のように揺らめく。
リノンは魔光刃を真横に構え、一直線にレムルスへと加速する。
そして迎え撃とうとするレムルスの赤剣を弾き、胴を一閃。
「あぁん! もう、ゆーくんのエッチぃ!」
二分されたレムルスが赤い煙となって消えると同時に、リノンの嬌声が青空に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます