24
リノン達の悠太奪還作戦は、完全なる失敗に終わった。
下戸であるコーデリカを酔わせ、眠った隙に悠太とチッカを連れて脱出しようということで、お花摘みに行くフリをし、酒を調達するべく厨房に潜り込んだまではよかったが、ナターシャに見つかってしまった。
かつて、シュレーフォスの間者だったとも噂されるナターシャの鮮やかな捕縛術の前に、リノン達は魔法を使う暇がなかった。
そうして空き部屋に閉じ込められていたところ、大型の羽根付きレムルスの出現である。
「開けろ! 開けてくれ!」
閉ざされた扉をアメリーが頻りに叩く。
「おやめなさいな」
ベッドに腰掛け、諦観を決め込むヴァレンティーネ。
扉は魔法で鍵をかけられており、部屋全体に魔法封じの障壁が施されてある。今のリノン達には自力で外に出る手段がない。
それでもアメリーは止めない。
握った拳を打ちつけ、枯らさんばかりに声を上げるので、ヴァレンティーネが苛立った。
「おやめなさいと言っているでしょうっ!?」
「だが、こうしてる間にもユータは……っ!!」
振り返り、部屋の小窓を睨むアメリーの気持ちは、彼女以上に分かるリノンである。
コーデリカの毒牙にかかってはいないだろうが、きっと悠太はとても怯えているに違いない。
このファンタジーなヴェルバリタは、かつて自身が生き、悠太が育った国ほど安全ではない。レムルスによって、日々大勢の人間が死んでいく無情で理不尽な世界だ。
リノンの精神がなければ、耐えられなかったかもしれないくらいである。いくら図書館の本から知ったとしても、実際に経験してみなければ、その非道さは理解出来ないだろう。
「ゆーくん……」
椅子に腰掛けるリノンは、愛しいその名を口にした。
すると、
「離す! チッカ、ユータ、一緒!」
ガチャリと開かれた扉から、チッカの襟首を掴み上げたナターシャが姿を現す。
後ろには、解錠にあたったと思われる『アレキサンドライト』の魔導士が二人ほど控える。
「ヴァレンティーネ様、コーデリカ様よりご伝言です。『ジークリンデ』の指揮をお願いいたします」
「では、お母様は……!?」
暴れるチッカに動じず、アメリーを避けるようにして入室してきたナターシャに、ヴァレンティーネが立ち上がる。
ナターシャは小さく頷いた。
「先ほど、ユータ様を連れて出撃されました」
耳にした途端、リノンは部屋を飛び出した。
「あっ! 待て、リノン! どこへ行くつもりだっ!?」
背中にアメリーの声が浴びせられた。
そんなもの決まっている。
「ゆーくんは、わたしじゃないとダメなんだから……!」
自惚れなどではなく、本当の意味で悠太を理解してあげられるのは自分しかいない。
リノンは箒を取り出し、確固たる決意で『ジークリンデ』から飛び立った。
***
一方、旗艦『カタリーナ』では……。
「偵察隊からの報告では、異常はありませんでしたよね?」
「はい。もう一度確認しますか?」
「無理ね。全ての艦との伝信が不能よ」
カルミエーロの質問に答えたエルフの男伝信士とは別の伝信士――妙齢の女エルフが、座席の前に組み込まれた、大きな平面型の
「個人用の魔晶石ならどうだ?」
「……ダメです。通じません」
フェルディナンドが聞くと、エルフの男伝信士は首を横に振る。
「となると、甲板から直接旗でも振り合うしかねえな……ひとまず迎撃には出てんだよな?」
「はい……ですが、今のところ『アレキサンドライト』のみのようです」
前方中空に浮かぶ
「フェルディナンド。ここは『アレキサンドライト』に任せるべきです。必要以上に出撃させては、かえって混乱してしまいます。それくらい、考えなくても分かることでしょう?」
「助言は有り難ぇが、妙に棘があんな……」
「すみませんね。
「てめぇ……」
フェルディナンドは肩をすくめたカルミエーロを睨み付けるが、すぐに頭を切り換える。
彼の言うとおり、伝信を封じられたこの状況では、仲間同士の連携が上手くはずもない。
だからといって、何もしないというわけにもいかない。指揮官としての責務がある。
(ちっ、まだルバチアにも入ってねえって言うのに……!)
予定では、雲を盾にして領内に入るはずであったが、未だグゼリアである。
「フェルディナンド!」
と、そこへジョルジョアンナがソフィを伴い、堰を切ったかのように駆け込んでくる。
「どうしたんだよ、婆さん?」
「あれは一体どういうことじゃっ!?」
「なんのことだ?」
「ユータじゃ! ユータが何故ハインカーツの後ろに乗っておる!」
「はぁ!?」
フェルディナンドは慌てて窓に駆け寄り、後方の『アレキサンドライト』の艦群を見る。
レムルス達を『アレキサンドライト』の魔導士達が攻撃しており、その先陣を切るコーデリカの後ろには、必死にしがみつく黒猫の少年の姿があった。
「あいつっ!?」
味方殺しの汚名を着せられ、協会から追われている身であったフェルディナンドは、チッカという〝腹ペコ〟を連れていることもあり、何かと出費が嵩む。
稼ごうにも、お尋ね者の身分では依頼を受けられない。ゆえに割と借金があったりする。
それを全て肩代わりしてやるから、彼を少し貸せ、とコーデリカが申し出たのである。
フェルディナンドは了承したが、もし、戦闘になったらすぐに戻すか、安全な場所に避難させるという条件を出した。
それを反古にすることは容易に想像できたはずだ。
少年が持つ猫の手は、一時的とはいえ、幾つもの段階をすっ飛ばして魔導士を強化してしまうのだ。コーデリカでなくとも、喉から手が出るほど欲しい逸材と言えよう。
「くそっ!」
「どこに行くんです?」
フェルディナンドが艦橋から出て行こうとするのをカルミエーロが冷静に止める。
持ち場を離れるな、仮にも指揮官だろう、と青い目が語っていた。
「ちっ、ソフィ! あのバカを止めてこい」
「いや、それには及ばないっすよ。なんたって少年は、あの人の後ろに乗ってるんすから」
ソフィは苦笑する。
ギルド運営の上手さばかりに目がいってしまうが、実際、コーデリカの魔導士としての腕はかなりのものだ。名ばかりのギルドマスターというわけではない。
そんなことも忘れて取り乱すと悟られるぞ、と暗に釘を刺したのである。
「……分かった。ここはハインカーツに任せる……」
フェルディナンドは深くため息を吐き、自分の席へと戻って、背もたれに体を預けた。
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