23

 十皿ほどおかわりしたところで満足したチッカが眠り、食後のお茶会はお開きとなった。

 悠太はコーデリカに「『ジークリンデ』を案内して差し上げましょう」と誘われたが、寝息を立てるチッカが貫頭衣の裾を掴んで離さないため、引き続き船長室に居座ることになった。

 リノン達は、先ほど揃ってお花摘みに行ったっきり帰って来ない。

 そしてナターシャらメイド達は「ご用の際はお呼びください」と部屋を辞した。

 それからコーデリカは机に向かって何やら書き物を始め、悠太は手持ち無沙汰を紛らわせるために、向かいにある棚に並ぶ高そうなグラスをひたすら眺めていた。

「……そういえば、ユータちゃん」

「は、はいっ!?」

 羊皮紙に目を落としたままのコーデリカが、急に声を掛けてくるので、悠太はびくっとした。

 拍子にチッカが目を覚ますかと思ったが、彼女は未だ夢の国の住人である。

「例の件、考えてくれまして?」

「……『アレキサンドライト』で働くことですか?」

「ええ。ユータちゃんなら、助手でも執事でも、好きな部署で構いませんのよ? お給金だって『ほうき星』よりも、うんと多く差し上げますわ」

 『アレキサンドライト』の労働条件は前に聞いた。

 小遣いという名目で貰っている『ほうき星』の給料に比べると、コーデリカの提示した金額は破格である。

 だがやはり、移籍する気にはなれない。

 『ほうき星』に慣れ親しんだことに加え、秘密を知るリノンやジョルジョアンナの傍にいる方が安心だというのは勿論であるが、正直、高い給料を貰っても使い道に困るのだ。

 衣食住には不自由しない生活であるし、これと言って欲しい物があるわけでもない。

 また図書館での調べ物も、特に金はかからない。

 仮に方法を見つけ、金が要るというのであれば話は違ってくるかもしれないが、今のところ期待できそうなものは、フェルディナンドの知人くらいである。

 食い逃げという前科はあるものの、自分を評議会へ連れ出すためにリノン達に銀貨を渡した彼のことだ。もし知人が金を欲しがったとしても、どうにかしてくれるに違いない。

 当てにするのはよくないが、レムルス根絶という大仕事を手伝うのだから、それぐらいは払ってもらってもいいだろう、と悠太は考えていた。

「そう悩むことではありませんでしょう? わたくしが言うのもなんですが、このような機会は早々ないと思いますわ」

 返事をしない悠太へ、コーデリカが優しげに微笑む。

 『アレキサンドライト』が大きくなったのは、ひとえに彼女のおかげである。

 その手腕もさることながら、カリスマ性もある。人を惹き付けてやまない彼女の下で働きたいという者は後を絶たない。

 だが悠太にしてみれば、彼女からの誘いは光栄というよりも気後れする方が勝る。

「その、折角のお誘いなんですが……っ!?」

 悠太が以前と同じように断ろうとした瞬間、悪寒が走り、全身を震わせる。

 ルードロールのときと同様、不快な感覚に見舞われた。

「来るっ!」

 熟睡していたチッカも感づいたようで、跳ね起き、窓にへばりついて犬耳と尻尾を立てる。

 悠太もすぐにチッカの隣に行く。

 『ジークリンデ』に併航していた『アレキサンドライト』の二番艦『ディアーナ』の甲板に、黒い水たまりのようなものが出来、ぬるぬると人の形を象る。

 レムルスだ。

 しかも、十メートルほどまで膨れ上がり、背中にはコウモリのように尖った翼を生やす。

 さらに三番艦『ツェツィーリア』、七番艦『ヒルデガルド』、十六番艦『イレーネ』と、次々に出現する。

 そして、揃って雄叫び上げるようなポーズを取り、乗り込んだ船のマストをへし折り始めた。

 帆を失った船は高度を保つことが出来ず、徐々に雲の中へと沈んでいく。

 その縁から、魔導士達が船員を乗せて箒で飛び立つ。

 だがレムルス達が、待っていたと言わんばかりに彼らを鷲掴みにし、口へと放り込み、味わうように丹念に咀嚼する。

 悠太は、思わず顔を背けた。

 対し、コーデリカは冷静であった。魔晶石を取り出し、どこかに連絡を入れる。

「状況は掴んでいますか……あら繋がらないんですの? 仕方ないですわね……ナターシャ」

 魔晶石を仕舞うコーデリカの呼びかけに、ナターシャが扉を開けて入って来る。

「はい」

「生存者の救出を最優先に迎撃部隊を出撃するよう、皆に伝えなさい。それから以後の『ジークリンデ』の指揮はヴァレンティーネに任せます」

「コーデリカ様はどうなさるのですか?」

 ナターシャが問いかけると、コーデリカは箒を取り出して跨いだ。

「わたくしは出撃しますわ」

 そして悠太の首根っこを掴み、後ろに乗せた。

「えっ!? あのっ!?」

「ユータちゃんはわたくしと一緒ですわよ」

「いや、僕……」

 高い所は苦手であるし、何より、レムルスが怖い。

 だが口にすることは出来なかった。

「化物風情が……よくもわたくしの大事な仲間を……!!」

 先ほどの優しげなものとは打って変わり、凍り付くような笑みを浮かべるコーデリカ。

 この状況で彼女が冷静でいられるはずがないのだ。

 コーデリカの雰囲気に圧倒され、悠太はゴクリと唾を飲み込んだ。

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