22

 『カタリーナ』の後方――輪形陣の最も内側の円の中央には、『ジークリンデ』が位置する。

 コーデリカの乗るガレオン級大型船である。

 今回、『アレキサンドライト』は『ジークリンデ』を含め、十五隻を以て参列している。

 全体の一割にも満たないが、一魔導ギルドとしては最多である。

 特に『ジークリンデ』は目立つ。各部にある金具は、全て金で出来ており、広げた帆も、光の具合によって青緑と赤に変色する鉱石――『アレキサンドライト』の紋章が描かれている。

 その『ジークリンデ』後部にある一室では、如何ともし難い状況が繰り広げられていた。

「さぁ、ユータちゃん、あーん……」

「じ、自分で食べられますからっ!?」

「あら、いいじゃないですの。それとも、こんなおばさんの『あーん』は嫌かしら?」

「い、いえ、コーデリカさんは、その……若くてお綺麗だと思います……」

「まぁ!! 嬉しいことをおっしゃるのね!!」

「ひゃっ!?」

 青い三人掛けのソファの真ん中で、猫耳とともに頭を撫でられた悠太が身を震わせる。

 右には、チッカがナターシャお手製のリンゴのタルトを手づかみでむしゃむしゃしている。

 昼食も、あれから三度ほどおかわりしていたはずなのに、まだ食べるらしい。空いた皿を壁際に控えるナターシャに掲げた。

 甘い物は別腹であることは、同じ女として理解しているリノンだが、流石に見ていて胸焼けしそうになった。

 それを紛らわせるために、コーデリカへと目を向ける。

 どんな手を使ったのか知らないが、コーデリカはフェルディナンドに『カタリーナ』からの一時退艦を許可させた。

 横に悠太を座らせ、タルトをフォークで一切れすくい、悠太の口に運ぼうとするコーデリカは、自分達とさほど変わらない年頃の娘と見間違うほどのはしゃぎようである。

「お母様……やはり、そうなんですの……っ!?」

「むぎぎ……!」

 実娘であるヴァレンティーネは隣で青い顔になり、反対側ではアメリーがハンカチを引き裂かんばかりに食いしばって見つめる。

 無理もない。リノンでさえ悠太への「あーん」など、やったことがないのだ。

 勿論、これまでいくらでもチャンスはあったが、悠太本人が嫌がったので我慢した。こんなことなら無理矢理にでもしておくべきだった、とリノンは激しく後悔する。

 いつもならすぐに、その羨ましくもけしからん行いを阻むところであるが、相手がミルドフォード一大きなギルドのマスターともなると、今、手を出すのは憚れる。

(ゆーくん……)

 リノンにとって悠太との再会は、もう二度と会うことは叶わないと思っていただけに、青天の霹靂であった。

 全裸で倒れ伏していた姿は、別れを告げたときと寸分変わらないものであったが、あの猫耳と尻尾は反則だ。ただでさえ年上受けする悠太の魅力を十二分に引き出してもなお余る。

 堅物のアメリーや気位の高いヴァレンティーネがメロメロになるのも当然である。

 だが、負けるわけにはいかない。

 理乃であった頃の、幼馴染みの域から脱却出来なかった淡い初恋の続き。

 周囲が羨んでやまない胸に再燃するその想いが、リノンを奮い立たせる。

「ねぇ、ヴァレンティーネちゃん」

 リノンは、隣で呟くヴァレンティーネの袖をコーデリカに悟られないよう微かに引っ張る。

「な、なんですの?」

 気づいたヴァレンティーネも小声で聞き返してくる。

「コーデリカさん、どうにかできないの?」

「そうだ! 元はといえば、貴様の所為だぞ!」

 聞こえたらしいアメリーも、小声で割り込んでくる。

「む、無理ですわよ! お母様は夢中になると、誰の言うことも聞きませんもの……」

 確かに、テンションの高いコーデリカは、嫌がる悠太へ無理矢理「あーん」をしていた。

「ぐっ! あの年増! 私のユータになんと羨ましい……!!」

「ゆーくんはアメリーちゃんのじゃないからね!」

「そうですわ! というか、人の母親を年増呼ばわりするのはやめてくださいな!」

「事実だろうに! ああ、またっ!?」

 コーデリカの「あーん」を悠太が再び受け入れる姿にアメリーがやきもきした。

「隙を見てゆーくんを奪還して『カタリーナ』に戻ろう。あとチッカちゃんも」

 仲違いしている場合ではない。一致団結して悠太をコーデリカの魔の手から救い出すことが先決である。リノンは、視界を遮る二人を押しのけ、冷静に告げた。

 チッカは『ジークリンデ』に置いて帰った方が都合がよいのだが、フェルディナンド討伐隊隊長の助手である。後々面倒くさくなりそうな気がしたので、今回は連れて帰ることにする。

 アメリーは「それしかなさそうだな」と頷いたが、ヴァレンティーネは渋い顔になった。

「それは難しいかもしれませんわよ……」

「ほえ? どして?」

「皆様、お茶のおかわりはいかがでしょうか?」 

 ヴァレンティーネに口を割らせないとばかりに、絶妙なタイミングでナターシャがポットを片手に声を掛けてくる。

「……結構ですわ」

「私もだ」

「わたしも、まだいいかな」

「左様でございますか。ご所望の際は、なんなりとお申し付けください」

 ポットを脇のカートに置き、ナターシャは小さく一礼して壁際に下がる。

 この部屋には、彼女の他にメイドが三人おり、いずれも壁際――出入り口側と窓側に二人ずつ待機している。

 客である自分達を気に掛けてくれているようだが、監視しているようにも見えなくもない。

「……ナターシャさん達は、コーデリカさんの味方ってことでいいんだよね?」

「彼女達だけではありませんわ。雇った船員を含めた『ジークリンデ』にいる全員ですわよ」

「袋の鼠というわけか……」

 殊のほか状況は芳しくない。

 リノン達は頷き合い、良案を練ることにした。

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