21

 それから悠太達は、言われたとおり食堂へと向かった。

 雰囲気は中世ヨーロッパであるが、ちょうど胸から顔までの高さの壁をぶち抜く配膳口で繋がった厨房と飲食スペースは、高校の学食を思い出させる。

 昼にはまだ早く、飲食スペースはがらんとしていたが、中央に見知った顔を見つけた。

 チッカだ。

 褐色の小さな手で木匙を逆手に握り、タルシェと呼ばれる向こうの世界のカレーにも似た食べ物を、一心不乱にかき込んでいた。

 隣にはジョルジョアンナとソフィの姿もある。

 ジョルジョアンナは、悠太に加え、リノンとアメリーも討伐隊に参加することもあり、『ほうき星』全員を引き連れて、今回の討伐隊に馳せ参じている。

 悠太はリノン達とともに、カウンターから軽く炙った青魚とミルクという、猫まっしぐらな食事を受け取り、三人のところへと足を向けた。

「珍しい組み合わせだね」

「ユータ!」

 悠太を見るなり、チッカが犬耳を立て、尻尾を振る。

「朝からいないと思ったら、ジョル婆達と一緒だったんだ……っていうか、二人は知り合いだったの?」

 チッカと同じタルシェを乗せたトレイを持つリノンが、当然のように悠太の左隣を確保すると、残った右側をアメリーとヴァレンティーネが争う。

 それを余所にジョルジョアンナがリノンの疑問に答えた。

「ちと、フェルディナンドに面倒を頼まれてのう……あとソフィとは、成り行きでな……」

「ジョルジョアンナ・ルーゼンと言えば、知る人ぞ知る錬金術の名手っすからね! 一度、ご教授していただきたいと思ってたんすよ!」

 ソフィが興奮気味に言うとおり、ジョルジョアンナの隠れファンは多い。

 悠太目当てで訪ねて来た中にも、ジョルジョアンナを見て、握手を求める者が何人かいた。

 が、悠太は別のことを考えていた。

(……ソフィとは、一度、話をしておいた方がいいんだろうけど……)

 ソフィは猫の手のことを未だ口外していないようだが、一応、念を押しておきたい。

 しかし、常に誰かと一緒にいるこの状況では、それも難しかった。

 すると、ジョルジョアンナ越しに、チッカがソフィを睨み付け、がるる、と喉を鳴らす。

「チッカ?」

「あー、気にしないでいいっすよ。なんか、私、嫌われちゃってるみたいっすから……」

 悠太が眉をひそめると、ソフィが苦笑した。

「あら? そうなんですの?」

 勝負に勝ったらしいヴァレンティーネが悠太の右に座り、アメリーが苦々しい顔でリノンの隣に腰掛ける。

「チッカ。ソフィと仲良くしないとダメだよ」

 悠太が言い含めるも、チッカはソフィにあっかんべーをして、再びタルシェを食べることに没頭する。

「チッカ――」

「いいんすよ。昔から犬には嫌われる体質みたいっすからね……」

「ふむ。それは難儀だな……」

 ソフィがまた苦笑すると、アメリーが同情する。

「アメリーちゃんって、昔から犬好きだもんね」

「ああ。犬はいい……特に主人に忠実なところがな」

 しみじみと頷くアメリー。

 確かに彼女には、ドーベルマンやシェパードなどが似合いそうである。

「あ、ゆーくん。わたしは断~然、猫派だから安心してね」

「わたくしもですわ!」

「なっ!? 貴様らは……っ!?」

 ここぞと悠太へアピールするリノンとヴァレンティーネに、アメリーが歯噛みする。

 ちなみに悠太はどちらでもない。猫には現在進行形でいい思いをしていないし、犬もよく吠えらたり、追いかけられたりした。

「ともあれじゃ。ちょうどよいところに来てくれた。チッカのことを頼まれてくれんか?」

「え? あ、はい」

 悠太が返事をすると、ジョルジョアンナはソフィとともに席を立ち、食堂から去って行く。

 チッカはもう一度ソフィの背中に舌を出して、タルシェにがっついた。

 すると、

「あら? お母様からですわ」

 ヴァレンティーネが、袖から魔晶石を取り出す。

 ことり、と置いた魔晶石に手を翳すと、中にコーデリカの姿が映し出された。

「どうしたんですの? 今、食事中ですので、急用でなければ折り返しますけど?」

『あら、そうでしたの。それは残念ですわね……ナターシャが昼食を用意したので、ユータちゃんと一緒に、と思いましたのに……』

 ユータちゃんの部分を強調しつつ、がっかりとするコーデリカ。

 評議会で悠太の力を目にしたのだ。『アレキサンドライト』に勧誘するのは道理である。

 しかし、悠太自身もそうだが、リノンとアメリーがそれを許すはずがない。

 それでも〝親公認〟となったヴァレンティーネは、水を得た魚のごとく、悠太を誘った。

 聖誕祭で自ら持ちかけた勝負で惨敗した矢先でもある。右腕であるナターシャを置いて、護衛役として単身『カタリーナ』へと乗り込んだのも、半分は悠太を『アレキサンドライト』へ移籍させるためであった。

「でしたら、食後のお茶にお伺いいたしますわ。ユータ殿もよろしいですわよね?」

「え、その……」

「なに言ってるのっ? ゆーくんは、この船から出ちゃダメなんだよっ!」

「ああ! そのような理由で、イッヒゲルト殿が許可を出すわけがなかろうっ!」

 勝手に話を進めようとするヴァレンティーネに、リノンとアメリーが猛抗議する。

 切り札となる悠太は指示がない限り、最も安全な『カタリーナ』から離れることを禁じられている。

『彼にはわたくしからお話しますわ。では、お待ちしていますわね? ユータちゃん』

 コーデリカが悠太にウインクすると、魔晶石は元の透明な水晶玉に戻った。

 明らかに誘惑しているが、悠太は持ち前の鈍さで気づいていない。お茶目な人なんだな、くらいにしか思っていない。

「まさか、そんな……!? 確かに、お父様はわたくしが生まれて間もなく荼毘だびに伏し、お母様はずっと独り身でしたけども…………!?」

 ゆえに、隣で頭を抱えだし、ぶつぶつと呟くヴァレンティーネと、魔晶石を見つめたまま難しい顔になるリノンとアメリーを不思議に思った。

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