第四章 討伐隊

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 聖誕祭が終了して三日もすると、討伐隊実施の報がヴェルバリタ中を駆け巡った。

 協会本部には、フェルディナンドが予想したとおり、数多くの志願書が届けられた。

 その数、およそ五万。国に仕える魔導騎士や宮廷魔導士を除く、ヴェルバリタの全魔導士が討伐隊に参加する計算である。

 そしてこれもまたフェルディナンドの予想通りであるが、進軍は陸路から空路への変更がなされた。

 今回は前代未聞の大所帯である。馬やクゥック、また大蜥蜴の足では、ソフィが密かに施した清めの魔法が切れる前に、モルトヴァンに辿り着くことが不可能だ。

 そうなるとレムルスに見つかってしまう可能性が高い。

 道中、レムルスに見つかるのは厄介だ。たとえ退けたとしても、レムルスは何度でも執拗に襲ってくる。

 おかげで目的地に行くことなく、途中で引き返した討伐隊は何度もあった。

 また、先日ルードロールに出没したことを踏まえると、がら空きになった安全圏を再び強襲される可能性もある。

 進軍は迅速に越したことはない。

 ゆえの空である。


 出発の日。

 分厚い鉛色の雲に覆われたグゼリア帝国〝第二の都市〟ワーデルホッフ。

 その上空では、南中に昇った太陽から目も眩むほどの陽光を受けた帆船群が、船底を雲海に擦りつけながら集結していた。

 三百隻を超える大艦隊による輪形陣。

 中心に位置するのは、旗艦『カタリーナ』である。

 キャラック級という中型船でありながら、旗艦を任されているのは、『白鐘団』が所有する艦だからだ。

「各艦、所定の位置に着きました」 

「定刻どおりですね。では、出発しましょう」

「了解! 全艦、微速前進!」

「それから偵察隊を出しておきましょうか」

「はっ! 旗艦『カタリーナ』より全艦へ。直ちに偵察隊を出撃させよ。繰り返す――」

 木造であるも、SFアニメに出てくる宇宙戦艦にも似た艦橋で、カルミエーロと『白鐘団』の面々が、それらしい遣り取りを行っている。

 それを段になった後ろの席で、フェルディナンドがふんぞり返りながら鼻歌混じりに眺める。

「うるさいですよ。静かにしてください。行楽に行くわけではないんですから」

「そりゃ、どうもすみませんでした、ね~」

 キッと振り返るカルミエーロへ、フェルディナンドが子どもみたいに舌を出す。

「くっ……これだから私は反対したんだ」

 カルミエーロは舌打ちしながら前を向くと、他の『白銀団』が「相手にしたら負けですよ、団長」と声をかける。

「けっ、文句があんなら、元老院に言うんだな!」

 フェルディナンドは勝ち誇るように鼻を鳴らした。

 発案者である彼は、元老院の命により、今討伐隊の指揮官を務める。

 だが、カルミエーロ同様、反対した者も少なくなかった。

 フェルディナンドは、かつて参加した討伐隊で、味方を見殺しにした嫌疑がかけられている。

 本人は否定しており、目撃者も証言者もいない。

 それでも彼を犯人だと信じて疑わない者達が、『白銀団』にフェルディナンドを捕らえるよう依頼していた。

 だがフェルディナンドは捕まらなかった。『白銀団』を相手に互角に立ち回ってみせ、逃げおおせたのだ。

 以来、彼らの間には常に剣呑な空気が漂っているのである。

 評議会後、人伝に話を聞かされた悠太は、見習いでその実力に不安もあるが、気心の知れた仲ということで護衛役に抜擢されたリノン達とともに、さらに後ろの壁際に設けられた座席から、両者の遣り取りを見ていた。

 彼らの関係を心配する気持ちはあるが、それ以上に気に病むことがある。

 評議会で見せた猫の手の力は、瞬く間に魔導士達の間に広まった。

 あの場にいたのは有力ギルドのギルドマスターや、実力のあるソロ魔導士ばかりだ。彼らの話なら信用出来ると鵜呑みにする者も少なくない。

 逆に用心深い者は、実際に『ほうき星』までやって来て、悠太の力を体験した。

 そうして、魔導士から魔導士へ、あるいは民衆へと話が伝播し、悠太への期待はストップ高となった。

(どうして、こうなったんだろう……?)

 『ほうき星』の世話になりつつ、ひっそりと方法を探すつもりが、いつの間にやらとてつもない御輿に担ぎ上げられてしまった。

 言ってしまえば、これは戦争である。いくら化物が相手だとしても、命を奪い合う行為には変わらない。

 そこへ、平和な国で安穏と育った悠太が赴こうとしている。

 先頭を切って戦うことはないと言われたが、とても怖い。

 実体験ではなく、学校の授業などで学んだだけで、本当の意味で戦争の恐ろしさというものは知らないが、戦場に立つ自分を想像しただけで身の毛がよだつ。

 また純粋にレムルスに対しての恐怖もある。

 ルードロール以降、レムルスが夢に出て来、何度も夜中に飛び起きた。

 もう一度、レムルスの前に立てと言われても、正直ゴメンだ。

 しかし、逃げ出すわけにもいかなかった。

 フェルディナンドの言った「精通している人物」に会うためには、彼の仕事――レムルス根絶に手を貸すのが条件なのである。

 期待に応えることが出来れば、何の手がかりも得られていない現状を打開出来る。

 そう信じようとするも、悠太の心は重く、苦しかった。

「ゆーくん、どしたの? ぽんぽん痛いの?」

 俯く悠太を隣のリノンが覗き込む。

「何っ!? それはいかん! お姉ちゃんに任せておけ!」

 反対側でアメリーが慌てる。悠太の貫頭衣をたくし上げ、露わになった腹部へ手を翳し、詠唱を開始する。

「だ、大丈夫ですから!」

「そうだよね! お姉ちゃんなんてお断りだよね!」

 貫頭衣を下ろす悠太の言葉を都合良く解釈したリノンが、アメリーの手をしたたかに払う。

「というよりも、アメリーは何故、そんなにもユータ殿の姉になりたいのです?」

 リノンの向こう側に座るヴァレンティーネが小首を傾げた。

 今更であるが、核心を突くその質問の答えには、悠太も興味がある。

 だが、アメリーがドヤ顔になったのを見、満足のいく答えは得られないことを悟った。

「『なりたい』のではない! すでに『なっている』のだ!」

 案の定である。悠太は最早ツッコむ気にもなれず、嘆息した。

「アメリーちゃんがおバカなこと言うから、ゆーくん、呆れちゃったよ~」

「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」

「いいえ、かなりのお馬鹿発言ですわよ! そもそもユータ殿は、あなたのような姉もどきではなく、わたくしのような高貴な淑女が好みなのですわ!」

 断じるヴァレンティーネは、口元に手の甲を添えて、おーっほっほっほ! と高らかに笑う。

 自ら高貴な淑女と口にする時点で、ほど遠い存在と言えよう。

「笑止! 姉に勝る女などいるはずがなかろう!」

「そんなことよりも、ゆーくん」

 笑い続けるヴァレンティーネと、姉に絶対の自信を持つアメリーを無視し、リノンが身を寄せながら悠太の太ももを人差し指でなぞる。

「な、なに?」

 悪い予感しかしない悠太は、両手で太ももをガードした。

「アレ出してよ。アレ」

 リノンの言うアレとは、猫の手である。

 特にあの肉球の柔らかさは、本物の猫の比ではなく、一度味わうと病みつきになるらしい。

「でも、無闇矢鱈と使うな、ってジョル婆にも言われてるし……」

「私が許可しよう!」 

 お姉ちゃんが許すとばかりにアメリーが、うんむ、と鷹揚に首を縦に振る。

「わたくしもですわ! 遠慮なさらずにドンとお出しになって!」

 ヴァレンティーネも「さぁ、さぁ、さぁ!」と促してくる。

「いや、でも……」

 悠太は了承しかねた。

 公然のものとなった猫の手。

 その恩恵は、どの魔導士も受けることが出来るが、代償もある。

 強烈に眠くなるのだ。

 訓練をこなすうち、ルードロールのときのように、ほぼ気絶に近い形で眠るということはなくなったが、気を抜くとポテっといってしまうこともある。

 それは対象者も例外ではない。

 評議会から討伐隊が出征するまで日は浅かったが、猫の手についての検証が行われた。

 その結果、触れた対象者を一時的に上位の存在へと作り替えてしまうという結論に達した。

 分かりやすく例えるなら、RPGなどの初期クラスのキャラが、最上位クラスへと無理矢理クラスチェンジするようなものである。

 黒猫が一体どうやってそれを可能にさせているのか分からないが、普段と全く異なる状態だ。対象者自身の体に負担がかからないわけがない。

 強化された状態で魔法を発動させ、魔力が切れれば即であるが、魔法を使わなくとも三時間も経てば、体が元の状態に戻ろうとして、ほぼ眠りに就いてしまう。

 もしここで悠太が眠ってしまうと、リノン達はほぼ間違いなくモフモフし、きゃっきゃと騒ぎ始めるだろう。

 であれば、指揮をするフェルディナンドやカルミエーロ達『白鐘団』に迷惑がかかる。

「おい、お前ら」

 フェルディナンドがくつろいだまま振り返ってくる。

「飯、行ってこい。食い終わったら自由にしていいから」

 暗に艦橋からの退場を命じられ、悠太は内心ホッとした。

 慣れておけ、と誘ってくれたフェルディナンドには悪いが、ここはあまり居心地のよい場所ではない。

「はい。それじゃ、失礼します」

 悠太はぺこりと一礼し、リノン達とともに艦橋を後にした。

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