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 ミルドフォードが聖誕祭に湧く間、協会本部にある議事堂では、とある会議が行われていた。

 年に一度の評議会。

 各地を代表する魔導ギルドのギルドマスターや、個人で活躍する魔導士が集い、過去一年間の課題の抽出とその対策、そして今後の魔導士全体の活動方針などを取り纏める。

 その際、協会側も立会人を用意する。

 議事堂正面の二階部分に鎮座する五人――元老院と呼ばれる協会の指導者達である。

 純白の法衣に身を包み、顔は三角白頭巾ですっぽりと覆われて分からない。

 周囲は協会直属の衛兵達によって厳重に警備されている。

(……退屈ですわ……)

 彼らが見下ろす中、評議会の議長を務める『アレキサンドライト』のギルドマスター、母コーデリカの背中を見ながら、ヴァレンティーネは誰にも気づかれないように嘆息した。

 そうそうたる面々が揃う評議会に、当初は心が躍った。

 だが最終日――七日目の今日ともなると、その熱も完全に冷めてしまう。

 見慣れたのではない。本当につまらないのだ。

 皆、己の保身ばかり考え、積極的な意見を出さない。特に討伐隊のことになると顕著だ。

 レムルスに脅かされているヴェルバリタであるが、いつも受けに回っているわけではない。

 年に一度、魔導士やその助手達からなる討伐隊を編成し、派兵するのである。

 討伐隊への参加は金になる。協会から報奨金が出るのだ。それも倒せば倒すほど額は上がる。

 反面、危険も伴う。

 ギルドの場合、最低五名――うち四名は魔導士であることが定められた、討伐隊への参加条件があるが、大抵は数十名単位で送り込む。

 効率よく報奨金を稼ぐためだ。

 当然、未熟な魔導士を派遣すれば戦死する可能性が高い。そうなると「あのギルドにはろくな魔導士がいない」と見なされ、ギルドの名に傷が付くことになる。

 かといって腕のある魔導士ばかりを送り出せば、通常のギルド運営に支障をきたす。

 ギルドマスターは、その人選にいつも悩まされる。

 ヴァレンティーネもギルド運営に携わる者として、その気持ちは分からないでもない。

 しかし、魔導士の本懐はレムルスの撲滅にある。

 言い換えれば、レムルスの脅威を取り除くことが出来るのは、自分達魔導士だけなのだ。

 その使命を果たさずして何が魔導士だ。若いヴァレンティーネが憤るのは無理もなかった。

(……というか、お母様は何故わたくしを連れてきたのでしょうか?)

 今後のため、と母は自分を同道させた。

 が、こう私欲に塗れた議会ならばわざわざ足を運ぶ必要はない。母もそう言うはずだ。

「では、今回の討伐隊は、フィーリア地方へ三百、ということでよろしいでしょうか?」

 ヴァレンティーネがその心を計りかねていると、コーデリカが決を採る。

 フィーリア地方はミルドフォードの南に隣接するシュレーフォス公国の西端である。

 レムルスの出没が頻繁に確認されている地域であるが、依頼で募集をかければ事足りる。わざわざ討伐隊を送り込むのは、時間と金をドブに捨てるようなものだ。

 今回の討伐隊に意味を見いだせないヴァレンティーネの心は俄に波立つ。

 だが、発言権のない自分にはどうしようもない。母が木槌を鳴らそうとするのをただ指を咥えて見る以外にない。

 だがしかし、

「おいおい、それはあんまりじゃねぇか?」

 打ち鳴らす寸前で、議事堂の扉を開け放ち、誰かが入って来た。

 何事か、と誰もが訝しげな眼差しを向ける中、ヴァレンティーネだけは息を飲んだ。

 群青色のローブを靡かせる赤髪の男。

 そしてもう一人は、

「……ユータ殿……!?」

 ヴァレンティーネがよく知る黒髪の猫の少年であった。

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