16
ミルドフォードが聖誕祭に湧く間、協会本部にある議事堂では、とある会議が行われていた。
年に一度の評議会。
各地を代表する魔導ギルドのギルドマスターや、個人で活躍する魔導士が集い、過去一年間の課題の抽出とその対策、そして今後の魔導士全体の活動方針などを取り纏める。
その際、協会側も立会人を用意する。
議事堂正面の二階部分に鎮座する五人――元老院と呼ばれる協会の指導者達である。
純白の法衣に身を包み、顔は三角白頭巾ですっぽりと覆われて分からない。
周囲は協会直属の衛兵達によって厳重に警備されている。
(……退屈ですわ……)
彼らが見下ろす中、評議会の議長を務める『アレキサンドライト』のギルドマスター、母コーデリカの背中を見ながら、ヴァレンティーネは誰にも気づかれないように嘆息した。
そうそうたる面々が揃う評議会に、当初は心が躍った。
だが最終日――七日目の今日ともなると、その熱も完全に冷めてしまう。
見慣れたのではない。本当につまらないのだ。
皆、己の保身ばかり考え、積極的な意見を出さない。特に討伐隊のことになると顕著だ。
レムルスに脅かされているヴェルバリタであるが、いつも受けに回っているわけではない。
年に一度、魔導士やその助手達からなる討伐隊を編成し、派兵するのである。
討伐隊への参加は金になる。協会から報奨金が出るのだ。それも倒せば倒すほど額は上がる。
反面、危険も伴う。
ギルドの場合、最低五名――うち四名は魔導士であることが定められた、討伐隊への参加条件があるが、大抵は数十名単位で送り込む。
効率よく報奨金を稼ぐためだ。
当然、未熟な魔導士を派遣すれば戦死する可能性が高い。そうなると「あのギルドにはろくな魔導士がいない」と見なされ、ギルドの名に傷が付くことになる。
かといって腕のある魔導士ばかりを送り出せば、通常のギルド運営に支障をきたす。
ギルドマスターは、その人選にいつも悩まされる。
ヴァレンティーネもギルド運営に携わる者として、その気持ちは分からないでもない。
しかし、魔導士の本懐はレムルスの撲滅にある。
言い換えれば、レムルスの脅威を取り除くことが出来るのは、自分達魔導士だけなのだ。
その使命を果たさずして何が魔導士だ。若いヴァレンティーネが憤るのは無理もなかった。
(……というか、お母様は何故わたくしを連れてきたのでしょうか?)
今後のため、と母は自分を同道させた。
が、こう私欲に塗れた議会ならばわざわざ足を運ぶ必要はない。母もそう言うはずだ。
「では、今回の討伐隊は、フィーリア地方へ三百、ということでよろしいでしょうか?」
ヴァレンティーネがその心を計りかねていると、コーデリカが決を採る。
フィーリア地方はミルドフォードの南に隣接するシュレーフォス公国の西端である。
レムルスの出没が頻繁に確認されている地域であるが、依頼で募集をかければ事足りる。わざわざ討伐隊を送り込むのは、時間と金をドブに捨てるようなものだ。
今回の討伐隊に意味を見いだせないヴァレンティーネの心は俄に波立つ。
だが、発言権のない自分にはどうしようもない。母が木槌を鳴らそうとするのをただ指を咥えて見る以外にない。
だがしかし、
「おいおい、それはあんまりじゃねぇか?」
打ち鳴らす寸前で、議事堂の扉を開け放ち、誰かが入って来た。
何事か、と誰もが訝しげな眼差しを向ける中、ヴァレンティーネだけは息を飲んだ。
群青色のローブを靡かせる赤髪の男。
そしてもう一人は、
「……ユータ殿……!?」
ヴァレンティーネがよく知る黒髪の猫の少年であった。
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