14
数日後。
真夏を迎えたこともあってか、眩しい太陽がミルドフォードの街を容赦なく照りつける。
にもかかわらず、大通りも裏通りも、派手に飾られた露店が並び、足の踏み場もないほど人が溢れていた。
ミルドフォードの中心――天使を模した銅像が指先から噴水を出す池を囲むメアリール広場では特に顕著だ。
中には人混みに痺れを切らし、濡れるのも構わず、池をショートカットする連中もちらほらといる。風邪を引くことはないだろうが、少々みっともない。
しかし、咎める者はいない。
今日から聖誕祭だ。小さなことにいちいち目くじらを立てるのは無粋だ。
そのメアリール広場の一角には、『ほうき星』の天幕があった。
魔法が使えない者にも需要のあるポーションや毒消し、魔除けのまじないが込められたアクセサリーなどが並ぶ棚と、会計台の左側には、悠太が椅子に縄で括り付けられた状態で座る。
恰好は、白シャツに紺の半ズボン、白い靴下に茶色い革靴である。
赤い首輪が蝶ネクタイで、半ズボンと同じ色のジャケットでも羽織れば「バーロー」が口癖の名探偵と言えよう。
「とってもモフモフしてるー!」
「尻尾もフカフカね!」
「いいわ~! すごく、いい~!」
おめかしした悠太を三人組の若い
「うぅ~……」
「「「かわいいー!」」」
頬を染め、内ももをすり合せながら、くすぐったさを堪える悠太の姿に、三人組は翼をばさばさとはためかせ、さらに手を伸ばす。
「はい、そこまで~」
「お帰りはあちらでございます」
傍に控えるリノンとアメリーが割って入った。
「えー! もうちょっといいじゃない!」
「そうよ! ケチケチしないでよ~!」
「私達が有翼人だからって、足下見るつもりっ?」
「後がつかえていますので」
国を持たない亜人特有の、
列に並ぶ他の女性客達からもリノンを支持する声が聞こえてくる。
「わかったわよ! もう一回、買えばいいんでしょ! 買って並ぶわよ!」
吐き捨て、去って行く三人組は「またね~」と悠太に手を振るのを忘れない。
悠太は乾いた笑みで小さく手を振り返した。
「では、次の方ー」
「やっと回って来たわ!」
「やーん! 間近で見ると本当にかわいい!」
アメリーのやる気のない呼び込みで、
悠太が強制的にモフモフされるのにはワケがあった。
ルードロールでの一件は、猫の手についてを除き、瞬く間にミルドフォード中に知れ渡った。
しかし、世間的には「レムルスと遭遇したのはガセだろう」という見解に収まった。
シュレーフォス公国とグゼリア帝国による南北の国境線で挟まれたミルドフォードを含め、大陸中央より以東は、安全圏と呼ばれ、協会主導で定期的に清めの魔法が施されている。
これまでレムルスを一体も通したことがないため、信用されなかったのだ。
が、「そんな馬鹿なことを言う奴らの顔が見てみたい」と逆に興味を持たれ、名指しで依頼が殺到したのである。
おかげで『見習い魔導士強化月間』で妙妙たる成果を上げることが出来、『ほうき星』は聖誕祭での一等地を確保するに至ったのである。
と、ここで話が済めば良かったのであるが、隣に陣取った『アレキサンドライト』を率いるヴァレンティーネが、リノン達に勝負を挑んできたのである。
〝聖誕祭での売り上げで勝った方が悠太を所有する〟という身勝手な勝利報酬を添えてだ。
当然、リノン達は突っぱねたが、「あら? 尻尾を巻いて逃げるのですか? 情けないですわね」とヴァレンティーネに挑発され、結局受けてしまった。
とはいえ、ミルドフォード最大手の『アレキサンドライト』に、弱小の『ほうき星』が正攻法で立ち向かっても勝負は目に見えている。
そこで、悠太の出番である。
『ほうき星』の商品を購入した者に対し、もれなく悠太をモフモフさせるというサービスを実施することにしたのだ。
悠太としても、ようやく馴染んできた『ほうき星』から離れたくないのだが、自らの意志に関係なく客寄せパンダをやらされるのは、何とも気が進まない。
しかしながら、今のところ『ほうき星』の戦略は功を奏していた。池を挟んだ向かいに構える『虹の水車』などの大手ギルドからも、客を装って何度も視察に来るくらいである。
そして『アレキサンドライト』からも、視察者はやって来る。
「おーっほっほっほ! 来ましたわ! 来ましたわよ! この、わたくしが!」
律儀に順番を守り並んでいたヴァレンティーネが、手の甲を口元に添え、寂しい胸を反らす。
傍に控えるのは、大きな袋を二つ抱えるナターシャである。相当買い込んだようで、会釈すると商品が零れ落ちそうになった。
「さぁ、ユータ殿! 存分に堪能させていただきますわよっ!」
入念なまでに舌なめずりをするヴァレンティーネが、悠太の猫耳に手を伸ばす。
「うぅっ……!」
悠太は直視出来ず、顔を逸らす。
朝からずっとモフモフされ続け、悠太は精神的にも肉体的にも限界に達していた。
そこへハイテンションなヴァレンティーネの登場である。オーバーキルもいいところだ。
「うふ、うふふふっ! うふふふふっ! うふうふうふうふふふうふうふふうふっ!!」
「ひぃいいっ!!」
不気味な笑い声を発するヴァレンティーネに悠太が縮こまる。
そして彼女の指先が猫耳に触れる寸前、
「お客様のモフモフは中止とさせていただきます」
リノンがぺちんと叩き落とした。
「お帰りはあちらでございます」
すかさずアメリーが「出口はこちら」と書かれた札がある方を指した。
「何故ですのっ!? わたくしはちゃんと商品を購入いたしましたわっ!? ユータ殿を撫でる権利はありますでしょうっ!?」
「お客様のせいで、幼気なにゃんこくんが怯えております。このままでは営業に支障がでてしまいますので、ご遠慮ください」
「いや~、まったく困りますな~。ささ、お帰りはあちらでございます」
ヴァレンティーネがナターシャの持つ袋を指し示すが、リノンとアメリーは聞き入れず、悠太を庇うように立ちはだかる。
「帰りませんわよっ! いいからユータ殿を撫でさせなさいなっ!」
「だから、ダメだってば! ゆーくんが嫌がってるでしょっ!?」
「そうだっ! とっとと帰れ! 往生際の悪いっ!」
強引に突破しようとするヴァレンティーネを、地に戻ったリノンとアメリーが押し返す。
揉める三人の姿に、困惑する女性客達は、自分の順番が来ないことに焦れだし、ぶーぶーと文句を言い始める。
「ちょ、ちょっと、三人ともうわっ!?」
リノン達を止めようとした悠太であったが、横から何かがぶつかってきて盛大に倒れた。
しかし怪我はない。悠太は縛られた椅子ごと起き上がろうとしたが、左の頬に生暖かい感触が繰り返し当たり、再び横たわることになり、何かに覆い被さられた。
「ちょ、なっ、なにっ!?」
掴んで体から離して見てみれば、見知らぬ人物の顔が目の前に迫っていた。
ぼさぼさの銀髪に褐色の肌と丸い赤い瞳。鋭い犬歯の間から舌を出し、ハァハァ言っている。
身につける白い服の後ろからは、髪と同じ銀色の尻尾がブンブンと振れていて、頭上にもぴょこぴょこと動く耳がある。
形から犬の獣人と分かる幼女であった。
「お前、誰?」
「え……っ? ぼ、僕は、悠太……天野悠太だけど……?」
それはこっちが聞きたいと思う悠太であったが、律儀に名乗った。
「ユータ! チッカ、チッカ言う!」
自身をチッカと呼んだ犬耳幼女は、何故か嬉しそうに、ニシシシ、と白い歯を見せ、悠太の唇をちろっと舐めた。
「んんっ!?」
「「「なっ!?」」」
悠太が反射的に身を仰け反らして口元を押えるのと、リノン達がビクゥッとなったのは同時であり、その場が凍り付いた瞬間でもあった。
「チッカ! ユータ! チッカ! ユータ!」
一同が固まる中、チッカは自身と悠太を指差し確認しつつ、互いの名前を連呼する。
そして、ひとしきり呼んだ後、再び悠太のほっぺたをぺろぺろし始めた。
「ひゃっ! ちょ、ちょっと! チッカっ!?」
再起動した悠太であるが、再びチッカに押し倒される形となり、身動きが取れない。
「ほぇっ!? ずるい! わたしもゆーくんをペロペロするっ!!」
「い、いや、まずは姉の私が手本をだな……っ!!」
悠太に遅れて復活したリノンとアメリーであるが、チッカの一歩進んだスキンシップに当てられ、商売そっちのけで我先にと争い始めた。
「ユータ殿の唇が奪われましたわユータ殿の唇が奪われましたわユータ殿の唇が奪われましたわユータ殿の唇が奪われましたわユータ殿の唇が奪われましたわ」
ヴァレンティーネは、速いお経でも唱える勢いで思考回路をショートさせており、ナターシャが「お気を確かに」と寄り添う。
もっとも、唇同士が接触したわけではないので、ノーカンとすべきであろう。
ともあれ、逃げ出すことも出来ない悠太をチッカが間断なくペロペロしまくり、それを目の当たりにしたリノン達がさらに動転し、女性客達が「えっ!? ペロペロもありなのっ!?」と俄に歓喜するので、おおよそ収拾がつきそうにない。
と、思われたそのときである。
「こんなところにいやがった!」
天幕の裏手からある人物が飛び込んできた。
群青色のローブで全身を纏い、顔もフードに隠れて分からないが、声から男だと判断出来る。
その男がチッカを片手で悠太から勢いよく引きはがす。
「やっ! チッカ、ユータ、一緒!」
「馬鹿野郎! お前、今の状況が……」
溺れる者のように空中で藻掻くチッカへ男が言いかけたところで、表から「どこに行きやがった! 食い逃げ野郎!」という怒声が聞こえてくる。
「やっべっ!」
「あ、ユータ! ユータ~!」
チッカが必死に悠太に手を伸ばすが、男は大慌てて天幕の外へ出る。
すると、また「あ! いたぞ!」「待ちやがれー!!」という怒声が、グスタフ通りの方向へと移動していく。
「……な、何だったんだ……彼らは……?」
完全に聞こえなくなり、悠太は二人が去った方を向きながら、涎まみれの顔を拭った。
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