第三章 聖誕祭

13

 魔導協会本部には巨大な図書館がある。

 質も量も十分すぎるくらいだが、やはり圧倒的に魔法に関するものが充実している。

 その中には呪いの書という危険なものもある。

 これが厄介なもので、一ページでも開くと死を招く、ということもあるのだ。

 ゆえに、時には呪いをも扱い、呪いへの耐性がある魔導士にしか利用を許されない。

 しかし何事にも例外は存在する。

 ギルドに属するも魔導士でない者が、魔導士を同伴し、かつギルドからの紹介状を所持している場合に限り、利用を許されるのだ。

 ギルドハウスの使用人か、魔導士の助手などが該当する。

 万が一の事態には、同伴した魔導士が対応することは勿論だが、普段から魔導士と接しているため、多少なりとも呪いについて熟知している者も存在する。

 その例外に則り、悠太はリノンを連れて今日も図書館を利用していた。

 二階建ての屋根にも届きそうな本棚の群を、横断するように設けられた中央の読書スペース。

 その一角を確保し、探し出してきた書物を両脇に積み重ね、黙々と読み進める。

 ページをめくるのに合わせて尻尾が振れるその姿は、隣に座るリノンは言うまでもなく、見る者全てを和ませるものであるが、当の悠太はいつになく真剣である。

(……ない)

 最後のページをめくり、ため息とともに閉じる。

 読み終えた山に押しやって、反対側から『ヴェルバリタ生物図鑑』を手に取った。

 悠太がヴェルバリタへと来て、すでに一ヶ月が過ぎていた。

 文字は、リノンとアメリー、そしてちょくちょく遊びに来るヴァレンティーネ――本人は仕事のついでに寄ったと言張っている――のおかげで、すらすらと書けるようになり、かなり難解な書物も読めるようになっていた。

 リノン達は覚えがいいと褒めてくれたが、いくら会話は出来るからといっても、一ヶ月でマスターするのは異常である。

 可能にしたのは、言わずもがな黒猫だろう。こうして調べ物も出来るので、結果的には好都合ではある。

 しかし、悠太は焦燥に駆られていた。

 ルードロールの森での一件以来、体に変調をきたした。

 猫舌になり、薄味を好むようになり、夜目も効くようになり、聴覚と嗅覚も鋭くなった。

 まるで猫そのものだ。

 獣人アニマロイドが、その動物の特性を持つことは普通であるが、無論、悠太は生粋の獣人ではない。

 黒猫の意志なのか、体を本物の獣人に作り変え、ヴェルバリタで一生を過ごさせようとしている気がして、悠太は恐くなった。

 ゆえに一刻も早く方法を、いや、せめて手がかりになるものを見つけ出そうとしていた。

 だが、

(これにもない……)

 未だ何ら発見出来ないでいる。

 苛立ちをぶつけるように乱暴に図鑑を閉じ、さらに別の本に手を伸ばそうとすると、館内に鐘の音が響き渡った。

「もうこんな時間か~。そろそろ戻ろ」

 柱に掛けられた時計で時刻を確認したリノンが立ち上がり、積み重なった本を運び始める。

「うん……」

 悠太もリノンに倣った。

(……りっちゃんは、どう思ってるんだろう……?)

 リノンは躍起になって方法を探す悠太を止めることはなかった。

 彼女には『ほうき星』での仕事があるため、図書館に来られる時間も限られる。

 休日を使ってやりたいこともあるだろうに、嫌な顔一つせず付き合ってくれている。

(…………やっぱり、そういうことなのかな……)

 イレギュラーである自分は、これ以上ヴェルバリタに留まるべきではない。

 かつての幼馴染みから突き放された気がして、悠太の胸はちくんと痛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る