10
ヴァレンティーネが言ったとおり、ルードロールの森へは、ものの十分足らずで着いた。
森の入口で、集合前に買っておいた昼食を摂り、段取りを確認する。
リノン達よりも先輩であるソフィは、かなり手慣れているようで、全くの初心者で文字も読めない悠太に、採取する予定の薬草の絵が描かれた羊皮紙を渡した。
それから準備を済ませ、いよいよ森へと入った。
乱立する木々の枝葉が織りなす天蓋が陽光を遮り、辺りは薄暗かったが、先頭のソフィが点す魔法の灯りを頼りに、奥へ奥へと進んだ。
そして一時間後、とある場所へと辿り着いた。
半径百メートルほどの池の畔。
周りを青白く輝く木々に囲まれたおかげで、魔法の灯りも用済みである。
「…………」
「ふふふ、すごく綺麗っすよね? 前に来たときに見つけたんすよ」
幻想的な景観に見とれる悠太へ、ソフィがリノンのお株を奪うほどのドヤ顔を決めてみせる。
「だが、少し肌寒いな。どれ、ここは一つ……」
ぶるるっと身震いしたアメリーは、音もなく悠太の背後に回り、指を羽虫のように
「「ダメ(だよ)(ですわ)っ!!」」
即座にリノンとヴァレンティーネが、悠太に抱きつこうとしたアメリーの腕を掴む。
「何故、邪魔をする? 私はユータが寒いだろうと思ってだな……」
「そんなミエミエのウソついても無駄だよ!」
「そうですわ! 顔に書いてありますもの!」
頭上で三人が争い始めると、いつの間にかナターシャとともに少し離れた場所に移動したソフィがちょいちょいと手招きするのが見えた。
悠太はリノン達に気づかれぬよう、こっそりと抜け出して二人の元へ行く。
「いや~、私の見立てどおりの色男ぶりっすね~! このこの~!」
「そんなことないよ。きっと三人とも、この猫耳と尻尾を撫でたいだけだよ」
ニヤつくソフィから肘で小突かれるも、悠太は「ありえないって」と猫耳と尻尾を見せた。
「いや、まぁ、それは一理あるかも知れないすけど…………」
ソフィが、ため息を吐いた瞬間、悠太の背中に、湿った何かで全身を撫でられたような悪寒が走る。
「どうかなさいましたか?」
気遣うナターシャが覗きこんでくる。
「あ、お手洗いなら、その辺でするといいっすよ。心配しなくても覗いたりしないっすから」
「い、いや、そうじゃなくてっ!」
ソフィが訳知り顔になるので、悠太は慌てて首を横に振った。
まさにそのとき――。
池の中央、水面上に黒い人影が現れた。
全身から黒いモヤを立ち上らせ、目の位置に赤い光点が二つ、不気味に瞬いている。
「レムルスっ!?」
「何故、ここにっ!?」
揉めていたリノンがアメリーの袖を掴んだまま目を見開き、アメリーもまた愕然となる。
(あれが……っ!?)
確かに、その影のような体は、剣や槍で突いてもダメージを与えることは出来なさそうだ。魔法しか効かないというのも頷ける。
「ルードロールは安全圏ではなかったのですかっ!?」
「とにかく、みんな、固まるっすよっ!」
ヴァレンティーネが僅かに後ずさると、ソフィが叫び、悠太達は一ヶ所に集まった。
「守りは私がやるっす! 三人は攻撃をお願いするっす!」
「いや、リノンはユータとナターシャ女史を連れて逃げろ!」
「どうしてっ!? わたしも戦うよ!」
「ダメだ! 貴様の実力では足手まといだ! 私が時間を稼ぐ! その隙に行け!」
有無を言わさぬ様子でアメリーが来た道を指した。
「アメリーの言うとおりになさい、と言いたいところですが、難しいようですわね……」
ヴァレンティーネが唇を噛むと、木陰からわらわらとレムルス達が現れた。
その数およそ二十体。一人たりとも逃がさないとばかりに、じりじりと包囲してくる。
「仕方がない! ユータとナターシャ女史は、絶対に私達から離れるなよっ!?」
顔をしかめたアメリーは、祈るように両手を合わせ、詠唱を開始した。
それにリノン達も倣う。
ほどなく、彼女達の足元には魔法陣が浮かび上がり、反時計回りに回転し、輝き始める。
そこでナターシャがぱたりと倒れた。
「ナターシャさん!」
恐怖で完全に気を失ってしまったようで、悠太の声にもぴくりともしない。
すると、好機とばかりにレムルス達が一斉に飛びかかってきた。
「間に合いませんわっ!?」
「くっ、こんなところで死ぬわけには……っ!?」
「ううぅっ!!」
リノン達は詠唱を断念する。
ソフィだけは続けるが、全く余裕が感じられない。尋常でない汗が顔中を濡らす。
おそらく、ソフィの魔法も間に合わないのだろう。
(いやだ! まだ、死にたくないっ!!)
生物の本能である〝生〟への渇望が、悠太の全身に溢れ、呼応するかのように首輪の鈴がリンと鳴った。
と同時に、悠太の両手が黒い何かで覆われ、ひとりでにソフィの背中に触れた。
迫り来るレムルス達は、ソフィを中心に広がった水色の丸い膜によって弾かれる。耳に残る不快な声を発しては、地面や木の幹に激突した。
「……助かったのか……っ!?」
アメリーは五体満足な自身と、囲まれた水色の膜を唖然と眺める。
「……っ!? ゆーくんっ!? それっ!!」
リノンが悠太の両手を見て目を丸くした。
「えっ? わっ!?」
悠太の手は、黒いモコモコの毛に覆われた猫の手に変わっていた。掌側にはピンク色の肉球まであり、着ぐるみのような可愛らしい物であった。
「……な、なにをしたんすか……っ!?」
髪と同じ、水色の光に身を包むソフィが、心底驚いたように悠太へと振り返る。
悠太自身、何がどうなっているのかさっぱりである。
「ソフィ! だ、大丈夫っ!?」
質問を無視してソフィの身を案じた悠太だが、再び猫の手が光り、体が勝手に動く。
方向転換し、リノンの腰辺りに肉球が触れたかと思うと、アメリーとヴァレンティーネにもタッチする。
「ほえっ!? ……って、あれ?」
「な、何をっ!? ……むっ?」
「ユ、ユータ殿っ!? ……えっ?」
三人はソフィと同じくそれぞれの髪の色の光に包まれた。
一瞬戸惑ったようにも見えるが、ぼんやり輝く三人の少女達は示し合わせたように、膜の外へと向く。
激突した森の至る所に黒い水たまりが出来、中心からにょきにょきと黒い影が生えた。
そして、すぐに元の形へと戻ったレムルス達は、再び悠太達を取り囲み、威嚇でもするように顎をガチガチと鳴らす。
「なんかよくわかんないけど、今ならやっつけれそうな気がするよ!」
「うむ、力が溢れてくるな!」
「おーっほっほっほ! このわたくしが全て蹴散らして差し上げますわ!」
俄然、強気になり、頼もしい限りのリノン達は、バッと両手を挙げた。
レムルス達の頭上、枝葉を隠さんばかりにそれぞれの髪の色と同じ光の矢が無数に現れる。
「「「
三人が揃って叫ぶと、一斉に光の矢が降り注いだ。
目映い光の尾を曳いて、まるでシューティングゲームのホーミング弾のように、不規則な曲線を描きながら、次々とレムルスを串刺しにしていく。
頭や胸、股間など、ヒトの急所を貫かれたレムルス達は、シュワシュワと黒いモヤを吐き出し、次第に消滅していく。
「…………や、やっつけた……!?」
CGなどの技術が向上し、よりリアルさが増した映画すら足元にも及ばない、本物の魔法攻撃に度肝を抜かれた悠太が辛うじて呟く。
すると、リノン達三人がばたばたと倒れ出した。
「み、みんな、しっかりして!? って、あれ……?」
突如、抗えない睡魔に襲われ、リノンの上に被さるようにして、悠太は眠りに就いた。
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