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それから無事に依頼を受け、指定された場所――ミルドフォードの北門へと赴いた。
「本当にここで合っているのだろうな?」
堅牢そうな城門の下から甲冑姿の門衛達が訝しんでくるので、アメリーがやや不安げな顔をリノンに向ける。
「合ってるはずだよ。ほら、『北門集合』って書いてあるし」
リノンは袖から依頼書を取り出し、アメリーに見せる。
「ふむ……しかし、遅すぎやしないか? これでは日が暮れてしまうぞ?」
アメリーが懸念するのには理由がある。
結局、彼女達が引き受けたのは、星一つの薬草集めであった。
場所はルードロールという、ミルドフォードから北西に少し行ったところにある森だ。
夜行性の獰猛な獣達がわんさかいるらしく、日暮れ前に森から出ないと危険だと言う。
それを聞いた悠太はかなりビビッていた。
「大丈夫だからね? ゆーくんはわたしがちゃんと守ってあげるからね?」
微笑むリノンが悠太の背中を優しく撫でる。
「いや、リノンでは心許ない。ここは姉の私にどーんと任せてだな……」
「いいえ! ユータ殿はわたくしが、万全の体制でお守りいたしますわっ!」
リノンを押しのけて悠太の肩に手を回そうとしたアメリーをさらに押しやって、ヴァレンティーネが無い胸をこれでもかと反らす。
「そういえば、どうしてヴァレンティーネちゃんはついて来てるの?」
「うむ、それは私も疑問に思っていたところだが、話しかけるのが嫌だったので聞かなかったところだ。で? いつ帰ってくれるのだ?」
ナチュラルに疑問を抱くリノンと、知ってて言っている様子のアメリーが揃って首を傾げる。
「わたくしも一緒に依頼を受けましたでしょうっ!?」
「「そうだっ(け)(たか)?」」
リノンは普通に忘れてしまったようだが、やはりアメリーはとぼけている。
依頼の募集条件には〝魔導士数名(助手も可)〟とあり、悠太達の後ろに並んだヴァレンティーネが「わたくしたちも一緒にお願いいたしますわ」と半ば強引に願い出たのである。
リノン達は反対したが、受付した係員は直前までの遣り取りを見ていたらしく、ギルドの枠を越えた仲間と判断したようで、まとめて手続きを行ってしまったのだ。
「それにしても、ヴァレンティーネさんが依頼を受けるとは、ちょっと意外でした」
「あら? どうしてそう思いますの?」
悠太の口から自身の名が出て嬉しいのか、ヴァレンティーネがパチパチと意味深な瞬きを繰り返しながら、悠太にすり寄ってくる。
「い、いや、ギルドのことで忙しいんじゃないかな? って……」
リノン達と同じ見習い魔導士には違いないだろうが、彼女は次期ギルドマスターという立場ある役職に就いている。
率先して現場に出るのではなく、後ろから指示を出しているものと思っていた。
また、先ほど読み聞かされた会報では、聖誕祭における『アレキサンドライト』の出店スペースはすでに確保されているように窺える。であれば『ほうき星』のように、必死になる必要もないはずだ。
「言われてみればそうだよね。なんで?」
「うむ。ここはやはり、とっとと帰るべきじゃないのか、ヴァレンティーネ?」
心底不思議がるリノンにアメリーが便乗した。
「帰りませんわよっ!? ですが、そう思うのはもっともですわ……ご存じのとおり、わたくしは『アレキサンドライト』の次期ギルドマスターですわ。しかし、それ以前に見習いの身。他の者以上に依頼をこなしてこそ、上に立つ者としての示しがつくというものですわ」
初めからふんぞり返るだけでは誰もついて来ないし、実際、アメリーから親の七光りと見られている。
ゆえに彼女は、出来るだけ他者と同じ条件で結果を出し、その実力によって確かな信頼を得ようとしているのだ。
昨日の去り際の姿を含め、リノンやアメリーにやり込められているところを目にし、ポンコツお嬢様の印象が強かっただけに、悠太は感心した。
「あら? どうしましたの? やはり、わたくしの助手になりたいんですの?」
「い、いや……すごくしっかりしてるんだなって思って……あ、すみません! 僕が言うのも烏滸がましいですよね」
「いいえ! お褒めに与り光栄ですわ!」
「そんな、大げさな……」
「ヴァレンティーネ様のおっしゃるとおりです。ユータ様は、あのカルミエーロ様がお認めになった御方。わたくしといたしましては、是非、同じメイド服に袖を通していただき、ともにヴァレンティーネ様を支えていきたい所存にございます」
「ナターシャ! あなた、とてもいいことを言いますわね!」
我が意を得たり! とばかりにヴァレンティーネが振り向くと、ナターシャは「恐縮です」と頭を垂れた。
「メイド服には賛成だけど、それは絶対にダメだよ!」
「ああ、メイド服に異論はないが、やはりユータは渡せんな!」
「いや、メイド服は否定してよっ!?」
どうしても猫耳メイドの悠太を見たいリノンとアメリーに、悠太がすかさずツッコんだ。
と、そこへ、箒に跨がった少女が空から降りてきた。
「いや~、お待たせして申し訳ないっす」
「あっ、キミはっ!?」
「昨日、首輪を売ってくれたコっ!?」
聞き覚えのある口調と見覚えのある水色のツインテールを見、悠太とリノンがほぼ同時に声を上げ、少女も箒を地面に立てながら、僅かに目を見開いた。
「お、これは奇遇っすね! その節はどうもっす。で、どうっすか? 首輪の調子は?」
「どうもこうもないよっ! コレ、全然効かないよ!」
リノンが悠太の首輪をビシと指した。
「それはおかしいっすね? そんなはずはないんすけど……?」
「とにかく返品だよ、返品っ!」
少女は「あるぇー?」と首を捻るのを余所に、リノンは悠太の首から外そうとする。
だが、
「あれ? 外れないよ、これっ!」
留め具がガチャガチャと鳴るだけで、一向に外れる気配がない。
「あー、そいつは、ある条件を満たさないと外れないように出来てるんすよ」
「じょ、条件っていうのは……!?」
悠太が目を向けると、少女はニヤリと笑った。
「身につけた者の死っすよ……言い換えれば、死ぬまで災いから守ってくれる、非常に有り難い首輪ってことっすね」
それは迷惑以外の何物でもない。
仮に、元の姿を取り戻し、向こうに帰れたとしても、この赤い首輪は巻き付いたままだ。しかも鈴付きである。ファッションと言い張れるほど、悠太はアクティブな性格ではない。
自ずと視線が元凶を作り出したリノンへと向く。
彼女は自らの過ちを理解していないらしく、「ほえ?」と首を傾げた。
「……えっと……」
図らずも向き合う形となるが、悠太は何と言っていいか分からない。
するとリノンは何を思ったのか、悠太の肩を抱いて目を閉じ、「うー」と唇を突き出す。
「おっと、足が滑ったー」
アメリーがわざとらしくリノンを突き飛ばし、悠太の前に立つ。
「事情はよく分からんが何が問題なのだ? よく似合っているではないか?」
「ええ、見たところ、しっかり加護も施されていますし……ところで、あなたは?」
たたらを踏み、小さく「ちっ」と舌打ちするリノンを警戒するヴァレンティーネもアメリーに同調するが、未だ名乗っていない少女を訝しむように振り返った。
「おっと、これは失礼したっす!」
少女は背筋を伸ばす。
「私はソフィ・ベリルオーズっす。個人でちまちまやってる、しがない魔導士っすよ」
ソフィと名乗った少女は恭しく一礼し、リノン達も「よろしく」とお辞儀を返した。
「それじゃ、早速出発したいんすけど、みなさん箒は持って来てるっすよね?」
ソフィは手にした箒を軽く掲げてみせると、見習い魔導士の三人は、揃って頷いた。
「少年とメイドさんは助手っすね。二人は三人のうちの誰かに乗せてもらうとして……」
「はいは~い! ゆーくんはわたしの後ろね!」
挙手するリノンが、空いた手でヨーヨーでもするかのように振ると、ポンというコミカルな音と煙とともに、使い古された感のある箒が現れた。
「待て! リノンの
反論するアメリーも同じような動作で箒を取り出す。
「いいえ! ユータ殿はわたくしが責任を持って、お送りいたしますわ!」
ヴァレンティーネも箒を手に立候補する。
「ヴァレンティーネちゃんは、ナターシャさんがいるでしょ?」
「そうだ! ナターシャ女史は貴様の助手なのだ。貴様が乗せるのが筋だろう?」
「うぐっ! 仕方ありませんわね」
正論を返され、ヴァレンティーネが渋々従う。
「わたくしの所為で、申し訳ありません」
「気にすることはありませんわ。ルードロールなら、あっという間ですもの……機会はいくらでも……!」
謝罪するナターシャを労い、ヴァレンティーネはうふふと怪しげに笑う。
「貴様などには、ユータの髪の毛一本も触れさせんがな!」
「それはアメリーちゃんもだよ?」
「何を言う! 私はユータの姉……って、リノン、貴様っ!?」
アメリーが振り返ると、リノンは箒を跨ぎ、後ろにちゃっかり悠太を乗せていた。
「ゆーくん、しっかりつかまっててね?」
「う、うん……りっちゃん、その、出来たら高度は低めでお願いしたいんだけど……」
ひとまず首輪の件を置くことにした悠太は、実は高所恐怖症であるため、割と切実に頼む。
「じゃあ、なおさらぎゅっとつかまってないとダメだよ?」
「うん」
悠太は言われたとおりに、ぎゅーっ、とリノンの腰にしがみつき、目を閉じた。
密着されるリノンは、でへへ、とだらしない顔になる。
「何故、いつも貴様は勝手に……っ!? ええい、帰りは私がユータを乗せるからな!」
時間がないので悠太を乗せることを諦めたアメリーも跨ぎ、ヴァレンティーネもナターシャを後ろに乗せた。
「じゃ、ぼちぼち行くっすよ! 段取りは向こうに着いてからお話しするっす」
再び跨がり、仕切るソフィに一同が頷く。
そして、四人は一斉に呪文のようなものを唱え始めた。
悠太は気になって薄目を開けてみる。
彼女達の足元は、それぞれの髪と同じ色の魔法陣がきらきらと輝いていた。
「それじゃ、出っ発~っす!」
ソフィの合図でふわりと地面から足が離れ、一呼吸しない内に空へと舞い上がった。
「うぅっ!?」
みるみるうちに遠くなる地面が恐ろしく、また前方から吹き付ける風が強くて、悠太は再び目を閉じてリノンにしがみついた。
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