魔導協会本部。

 魔導士にとって、切っても切れない場所であるそこは、世界遺産に登録されてもおかしくない大聖堂のような外観であった。

 内装も負けじと豪華である。

 壁と柱の至る所に繊細かつ秀麗な細工が施されており、並の王宮が荒ら屋に見えるほどだ。

 中央には、羊皮紙で埋め尽くされた掲示板らしき物があり、それを囲むように円形のカウンターが設けられている。

 斡旋所といい、レムルス討伐といった重要で難易度の高いなものから、迷子の飼い犬探しといった、魔導士でなくとも出来るような至極簡単なものまで様々な依頼が舞い込んでくる。

 その中から己の力量に見合った依頼を取るべく、魔導士達がバーゲンセールもかくやというほどに群がっていた。

 一角には会報の影響だろうか、年若の魔導士らの姿が目に付く。

「むぅ、出遅れてしまったな」

「しょうがないよ。もうすぐお昼だし……あ、そうだ! ゆーくんは何食べたい? 遠慮しなくていいんだよ? 何でも好きなだけ買ってあげるからね?」

 アメリーとともに最後尾に並んだリノンが振り返って、悠太を「ん? ん?」と笑顔で覗き込んでくる。

「え? 『ほうき星』に帰って食べるんじゃないの?」

 とりあえず依頼を受けるだけと思っていた悠太が普通に聞き返す。

「いや、おそらく今日は外で食べることになるな」

「そうなんですか?」

 悠太が振り返ると、アメリーは「ああ」と頷く。

「ざっと確認したところ、殆どが〝星一つ〟の薬草集めだ。いずれも近場だが、受けたら即出発だろうな」

「は、はぁ……」

「あれあれ~? ゆーくん、わかってないっぽいよ~? お姉ちゃん失格だね?」

「なっ!? お姉ちゃん失格ではないよなっ!? そうだよなっ、ユータっ!?」

 真に受けたアメリーが悠太の顔に唾をかける勢いで接近する。

「い、いや……えと、その、質問いいですか?」

「うむっ! 何でも聞いてくれっ!」

「その〝星一つ〟っていうのは?」

「ああ、それはだな……」

 すぐに背後へと回ったアメリーは、悠太の脇に手を入れ、ぐいっと持ち上げた。

「あっ! ちょっ!?」

「アメリーちゃん! なにしてんのっ!?」

 慌てる悠太とリノンを余所にアメリーは平然と続ける。

「掲示板が見えるか?」

「は、はい! 見えますけど……?」

「貼られてある依頼書の右上に星が描かれてあるだろう? スン、それはその依頼の難易度を示すものだ。スンスン、ちなみに星が多ければ難易度は上がる。スンスンスンっ!」

「なるほど……っていうか、さっきから何を……?」

 スンスン言っているのか、と悠太が振り返る。

 アメリーは、ちょうど顔の前にふにゃっと垂れた悠太の尻尾の匂いを嗅いでいた。

「変態だっ! 変態だよっ、アメリーちゃんっ!?」

 信じられない、といった表情になるリノンだが、昨日、悠太の髪の毛を今のアメリー以上に激しく嗅いでいたことを忘却の彼方へと失念している。

 だが悠太も気づいていなかったので、リノンに同調し、尻をアメリーから遠ざける。

 その思いを汲んでか、尻尾もピンと立ったので、アメリーが「ああっ!?」と残念がった。

「ち、違うのだっ! 私は断じて変態などではない! 姉として、弟の尻尾の匂いがおかしくないか、確認しているだけなのだっ!?」

「そんなお姉ちゃん嫌だっ!?」

 一人っ子の悠太は、兄弟に憧れていたりするが、流石に変態な姉はお断りである。

「ちなみに、ゆーくんの尻尾ってどんな匂いがするの?」

「とてもいい匂いだ!」

「そうなのっ!? ゆーくん、あとでわたしも嗅いでいいっ!?」

「やだよっ!!」

 瞳を輝かせ、見事なまでの手のひら返しを決めるリノンを、悠太が被せ気味に拒絶する。

「っていうか、そろそろ下ろしてくださいよ……みんな見てますし……」

 気がつけば、周囲の見習い魔導士達が何事かとこちらを見ている。

 注目を浴びることが苦手な悠太は、堪らずモジモジした。

「……ああ、すまん」

 アメリーは名残惜しそうな顔になるも、悠太を下ろした。

 すると、おーっほっほっほ! と無駄に高らかな笑い声が響き、周囲がざわめいた。

「おい、あれ!」

「ヴァレンティーネ・ハインカーツだ!」

「なんと美しい……!」

 羨望の眼差しを受け、ナターシャを伴ったヴァレンティーネが縦ロールを後ろへ払う。

「わかる方にはわかってしまうものなのですね! わたくしの気品溢れる美しさがっ!」

 気品溢れる美しさを見せつけるように胸を張った。

「あれで胸があれば完璧なんだけどな……」

「ホント、惜しいよなぁ……」

「私より小さいかも……」

「胸のことはおっしゃらないでくださいなっ!?」

 好き勝手言う周囲に、ヴァレンティーネが噛みつかんばかりに怒鳴った。

 すると、アメリーが悠太の目を手で覆い、「穢れてしまうから見てはいかん」と囁き、ヴァレンティーネから隠すように立ち位置を変える。

「あら? あらあら、まぁまぁっ!」

 しかし、悠太に気づいたヴァレンティーネが駆け寄って来た。

「ユータ殿ではありませんの!」

 そしてリノンとアメリーを押しやって跪き、悠太の手を握る。

「今日はどうしたのですか? もしかして、わたくしをお待ちになっておいでですかっ? でしたら、これからご一緒に昼食などいかがです? 近くにいいお店がありますのっ!」

「え、いや、あの……」

「「結構(です)(だ)っ!!」」

 気圧される悠太に代わり、リノンとアメリーがヴァレンティーネの手を引っぺがした。

「何故、あなた方が答えますの? わたくしはユータ殿に聞いているんですのよ?」

「フン、生憎だが、ユータは今から我々とともに依頼をこなさなくてはならんのだ」

「そうそう! 残念だけど、ヴァレンティーネちゃんと遊んでる時間はないんだよ」

「なんですってっ!? では、ユータ殿はあなた方の助手に……!? それはいけませんわ! この二人の下にいては、立派な紳士になることなど不可能……!」

 ヴァレンティーネはとても真剣な表情で悠太へと向き直る。

「ユータ殿、今からでも遅くありません! わたくしの助手になりなさいな! そしてゆくゆくはわたくしの右腕として、いいえ、生涯の伴侶――」

「「なら(ないよ)(ん)っ!!」」

 再びリノンとアメリーがカットインする。

「貴様のような輩にユータをやれるわけがないだろう!」

「そうだよ! っていうか、右腕なら、もうナターシャさんがいるでしょっ!? そんなにもゆーくんにメイド服を着せたい……いいね、それっ!!」

 姉と言うよりも娘を持つ父親的なことを宣ったアメリーに同調したリノンであったが、悠太の猫耳メイド服姿を想像したらしく、妙案とばかりに両手を打つ。

「ちょ、なんで僕がメイド服を着なきゃならないのっ!?」

「いや、アリだな!」

 アメリーも力強く頷く。

「ユータ、試しに『お帰りなさいませ、お姉様』と言ってみろ」

「そこは『お嬢様』じゃないんだっ!?」

 ブレないアメリーに悠太が衝撃を受けた。

 すると、ヴァレンティーネがすっと立ち上がる。

「ナターシャ」

「はい」

「すぐにユータ殿に合うメイド服の用意を。素材はもちろん最高級の物を使いなさい」

「かしこまりました」

「要りませんって!!」

 勝手に発注をかけ、それを実行しようとする二人に悠太がツッコむ。

 しかし、ナターシャは気にも留めず、すすっと悠太に近づいてくる。

「え、あの……っ!?」

 悠太がたじろぐのも構わず、屈み、抱きついた。

「ちょっ、ナターシャさんっ!?」

「何やっちゃってくれちゃってるのっ!?」

「ユータから離れないかっ!?」

 悠太のみならず、リノンとアメリーまでも慌てふためくが、ナターシャは涼しい顔で言う。

「寸法を測っております」

「いや、本当に作らなくていいですからっ!?」

 悠太が懇願すると、ナターシャは回していた腕を解き、

「……ユータ様は、このナターシャめとお揃いはお嫌ですか?」

 と、寂しげに聞いてくる。

「いや、お揃いが嫌というわけじゃなくて……」  

 まともだと思っていたが、案外まともではないのかもしれない。悠太の中でナターシャの人物像が大幅に修正される。

「では……」

 悠太の気持ちを微塵も推し量った様子もなく、ナターシャは再び悠太に腕を回そうとする。

「いやいや、ナターシャさんの手を煩わせるのは悪いから、わたしが代わりに測るよ!」

「待て、ここは姉である私がだな……!」

「だから、メイド服は着ないって言ってるでしょっ!?」

 と、悠太が必死に彼女達の暴挙を止めにかかっていると、とある一団が現れた。

 二十人ほどだろうか。揃いの深緑のローブで、悠太達の数メートル向こうを横切ろうとする。

 年齢はバラバラだが、全てエルフである。

 先頭には、長い金髪を後ろで緩く三つ編みにし、眼鏡を掛けたエルフの青年がおり、悠太の姿を見て足を止めた。

 すると、後に続いていた者達も一糸乱れぬ動きでぴたりと止める。

「見かけない顔ですね……誰か知っていますか?」

 エルフの青年は振り返る。

 仲間達は「いえ」と首を横に振った。

「ふむ……見たところ魔導士ではないようですが、魔導協会へはどういったご用で?」

 向き直った彼の口調は柔らかだが、視線は鋭い。

「あ、あの、えっと……」

「こ、このコはわたしの助手ですっ!」

「ば、馬鹿言え! そこは『アメリーちゃんの助手兼弟です!』だろうに!」

 ナターシャを引き離したリノンとアメリーが若干緊張した面持ちで悠太の前に出る。

「ああ、そうでしたか……」

 眼鏡のツルを人差し指で押し上げた彼は、一転して笑顔になり、傍まで進み出てくる。

「失礼」

 少し話がしたい、とでも言うように彼はリノンとアメリーの間を割って、悠太の前で跪いた。

 瞬間、息を飲む音が周囲から一斉に聞こえた。

 今、何か驚くところあったっけ? と、悠太は首を捻る。

「疑って申し訳ありませんでした。最近、本部内で悪事を働く者が増えておりまして……」

「え? あ、いえ……」

「私はカルミエーロ・モンゾと申します。ご存じかもしれませんが、『白鐘団』の団長なぞをしております。何か困った事があれば、いつでもご相談に乗りますよ」

 カルミエーロと名乗ったエルフの青年は、にこやかに立ち上がる。

 ローブの裾を翻し、仲間達の元へと行こうとするが、何か思い出したように振り返った。

「そういえば…………その首輪、とてもよくお似合いですよ」

 それだけ言うと、カルミエーロは今度こそ他のエルフ達とともに去って行った。

「ふおおおっ!? ゆーくん、すごいねっ!!」

「うむ! 姉として実に誇らしいっ!」

「あたっ、な、何がっ?」

 リノンとアメリーにぱしぱしと背中を叩かれるも、二人の言っている意味が分からず、悠太は転びそうになりながら見上げる。

「ユータ殿……! やはり、わたくしの目に狂いはありませんでしたわ!」

「だから、何のことですかっ?」

 妙に瞳をきらきらと輝かせるヴァレンティーネに代わり、ナターシャが答えた。

「ヴェルバリタ最強との呼び声も高い『白鐘団』を束ねるカルミエーロ様が、他者に跪き、自ら助力を申し出ることは大変珍しいことなのです」

「えっ!? あの人、そんなに有名なんですかっ?」

「はい。それはもう、超が付くほどにございます」

 肯定するナターシャに周囲も頷いた。むしろ、何故知らないのかと怪しむくらいだ。

 悠太はカルミエーロ達が去った方を見た。

 目を掛けられたということになるのだろうが、どうしてかは全く理解出来なかった。

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