5
しばらくして、二人が辿り着いたのは市場であった。
緩いカーブが続く通りには、屋台のような小さな店が、縁日さながらに並ぶ。
扱う品も、食料品や衣類などの日用品、武器や防具、用途不明な物と、多種多様である。
入口でクゥックを降りた悠太は、人混みではぐれないようリノンに手を引かれて進む。
「あら? リノンではなくて?」
「ほえ?」
背後から声がし、リノンが振り返るのにつられて悠太も見れば、女性が二人いた。
一人は、薄紫の髪を昔の少女漫画に出て来そうな縦ロールにし、袖が分離した金色のド派手なブリオーを纏い、白い肌を露わにしている。
顔立ちは整っているが、胸元が慎ましすぎるのが少し残念である。
もう一人はメイドである。
定番の黒いワンピースにフリル付きの白いエプロンとカチューシャという可愛らしい組み合わせだが、艶やかな黒髪と切れ長の瞳からは、デキる女の雰囲気が漂ってくる。
「わぁ~! 二人とも、ひっさしぶり~!」
飼い主を発見した犬のごとく、縦ロールの少女に駆け寄るリノンであったが、メイドがすっと前に出て、「失礼します」とリノンのおでこに手を突き出して止める。
するとリノンは、子どもが喧嘩するみたいに両手をぐるぐる回し始めた。
ちょっと楽しそうである。
「まったく、あなたときたら、相変わらずですの……ねっ!?」
嘆息した縦ロールの少女は、ふと悠太を目にして固まった。
「……え? あの、僕に何か……?」
「…………いい……」
「はい?」
聞き取れず、聞き返した悠太であったが、瞬きする間に駆け寄られ、両手を握られる。
「あなた、見かけない顔ですわね? どこからいらしたの? 名前は? リノンとは知り合いのようですが、どういった関係ですの?」
「えっと、あのっ」
初対面の彼女に矢継ぎ早に質問され、悠太は戸惑う。
そのトルマリンのごとき瞳の目力が半端ない。
「あ、ダメだよっ!」
メイドと戯れていたリノンは、素早く縦ロールの少女の背後に回り、羽交い締めにして悠太から引っぺがす。
「何をなさいますのっ!? 離してくださいなっ!?」
「モフモフしようったって、そうはいかないんだからね!」
「そ、そそ、そのようなことはいたしませんわっ!? わたくしはただ、お話しを……」
「とかなんとか言って、言葉巧みに連れて帰ろうとか思ってるんでしょっ!?」
「なっ!? わたくしを人攫い扱いしないでくださいなっ!?」
縦ロールの少女が激しく狼狽えた。
先ほど、どんなことをしてでも攫うと宣言したことを棚に上げて問い詰めるリノンもどうかと思う悠太であったが、縦ロールの少女の狼狽っぷりが図星のような気がし、両腕をかき抱いて、不審者を警戒するような目を向ける。
「ち、違いますのよ! これはリノンが勝手に言っているだけで、わたくしは――」
「あの耳と尻尾を寝る前にモフモフすると、ぐっすり眠れそうだよね?」
「ええ! ですが、撫でることに集中しすぎて逆に眠れなくなるかもしれませんわね、って何を言わせますのっ!? だから、違いますのよっ!!」
彼女はリノンに怒鳴った後で悠太に弁解する。
悠太は、そんなにモフモフしたいモノなのか? と自身の尻尾を振り返った。
「リノン様」
するとメイドが「そろそろ離してやってください」とでも言いたげに、リノンへ目配せする。
「んもう~、しょーがないなぁ~」
リノンは渋々縦ロールの少女を解放した。
「……ねぇ、りっちゃん。この人達は一体……?」
「あ、んとね、二人はぎゃっ!?」
「わたくしはヴァレンティーネ・ハインカーツと申します。あの者は、わたくしのメイド、ナターシャですわ。リノンとは魔導学院で同期でしたの。まぁ、成績はわたくしのほうが遙かに上で、散々世話を焼かされましたけど、それも今ではいい思い出ですわ」
リノンを押しのけ、ヴァレンティーネと名乗った縦ロールの少女が、再び悠太の手を握り、紹介を受けたナターシャも恭しく一礼してくる。
「は、はぁ……ぼ、僕は天野悠太といいます」
リノンとの関係を把握した悠太であったが、どうコメントしていいか分からず、ひとまず名乗り返すだけに留めた。
「あら、随分と変わったお名前ですのね? まぁ、いいですわ。ここで会ったのも何かの縁。よろしければ、これからお茶でもご一緒しませんこと?」
「しませんっ!!」
すかさず拒否したリノンは、悠太の手をしっかりと握るヴァレンティーネの指を一本一本丁寧に剥がしにかかる。
「っていうか、ヴァレンティーネちゃんは、今日もお仕事が忙しいんでしょ? お茶なんかする時間あるの?」
「確かに、わたくしは由緒正しき魔導ギルド『アレキサンドライト』のギルドマスターを務めるハインカーツ家の人間……あなたとは比べものにならないほど忙しいですけども、偶然にも今日はお休みですのよ! おーっほっほっほ!」
高らかに笑うも、剥がされた指を再び悠太の手へ這わせることを忘れないヴァレンティーネ。
由緒正しき魔導ギルドのギルドマスターを務める家の者ともなると、ちょっとやそっとの妨害にもへこたれないらしい。
だが、へこたれなさではリノンも負けていない。
「ほえ? ナターシャさん、そうなの?」
ヴァレンティーネの皮肉を軽く受け流すようにナターシャへと振り返り、再び悠太の手からヴァレンティーネの指を引っぺがすという器用さをみせる。
「そんなはずはございません」
首を小さく横に振ったナターシャは、スカートのポケットから革の手帳のような物を取り出し、淡々と読み上げ始めた。
「ヴァレンティーネ様の本日のご予定は、これより『アレキサンドライト』販売部門〝金の卵〟への視察。それから『ミルドフォード商工会』との会食。さらに『虹の水車』との合同訓練の打ち合わせ、その後、今年の聖誕祭へ向けての幹部会議となっております」
「「予定みっちりじゃん!」」
悠太とリノンの声が綺麗にハモった。
「いいえ、今日はお休みさせていただきますわっ! わたくし、ここのところ働き詰めなんですものっ!」
ヴァレンティーネは、断固たる決意を顔に滲ませてナターシャに向き直る。
「何を仰っているんですか?」
ナターシャは、手帳をパタンと閉じて再びポケットへ仕舞い、微かに怪訝な顔になる。
「ヴァレンティーネ様は昨日までの二日間、存分に休暇を楽しまれたではありませんか。休まれた分はしっかり働いていただきませんと」
「きょ、今日までお休みを延長させていただきますわ!」
「なりません」
ナターシャはヴァレンティーネの首根っこをむんずと掴む。
「先方のご都合もございます。さ、参りましょう」
「あっ! わたくし、急にお腹が……」
「参りましょう。それでは失礼いたします」
ナターシャは悠太達に一礼し、ヴァレンティーネを引きずって行く。
すると、
「やだやだ! お仕事やだーっ! あの子とお茶を飲むの~!」
ヴァレンティーネは、両の手足をジタバタし始めた。
その典型的な駄々っ子っぷりは、高飛車なお嬢様という第一印象をぶち壊す勢いである。
が、ナターシャは一顧だにせず、ずんずん歩いて行った。
おそらく、幼児退行してしまうほどに『アレキサンドライト』での仕事は過酷なのだろう。悠太は遠ざかっていく彼女達を無言で見送った。
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