その後、皆に挨拶を済ませた悠太は、リノンとともにミルドフォードの街へと繰り出した。

 ポーションの仕上げに使う魔法の粉を切らしていたようで、買い出しを頼まれたのだ。

「うわぁ~!!」

 先ほど窓越しに眺めたファンタジーの街並みだが、間近で見るとまた迫力が違う。

 きょろきょろと振り返っては感嘆の声を上げる悠太に伴って、猫耳と尻尾も激しく揺れる。

「フガフゴンガンゴっ、はぁ~……! フガフゴンガンゴっ、はぁ~……!」

 夢中になっていることをいいことに、リノンは後ろから悠太の髪の匂いを一日中嗅ぐ勢いで鼻を鳴らしては悦に浸る。

 そんな二人は、現在、ミルドフォードのメインストリートの一つであるラモレイ通りをクゥック――ダチョウサイズの鶏に跨がって行く。

 クゥックは街の各所にある停鳥場に待機しており、客を目的地まで運ぶと、近くの停鳥場へと勝手に帰ってしまう。

 料金はどこまで乗っても一律だが、片道銀貨三枚という値段は気軽に払えるものではない。

 しかし、リノンは迷わずクゥックに乗ることを決めた。

 目当ての場所へは箒でひとっ飛びであるらしいが、悠太がミルドフォードをゆっくり見物出来るようにという、彼女の心憎い計らいである。

 だが、絶賛クンカ中であることを鑑みると、狙ってやったとしか思えない。

 証拠に、悠太の気が削がれぬよう、体が触れない程度に隙間を空けて騎乗する周到さだ。

 そんなリノンの思惑が全く目に入らない悠太であったが、「そういえば……」と思い出す。

「ねえ、りっちゃん」

「フガャ!? ひゃ、ひゃいっ!!」

 振り返る悠太にリノンが酷く慌て変な顔になる。

「ど、どうかしたの?」

「なんでもないよ! そ、それで? 何か気になることでもあったの?」 

「いや、アメリーさん、大丈夫かな? って……」

 悠太が皆に挨拶したときも寝っ転がったままで、誰も介抱しなかった。

 もしかして、アメリーは『ほうき星』で嫌われているのではないかと心配になったのだ。

 だがリノンの返答は、悠太が予想だにしないものであった。

「ゆーくんは、アメリーちゃんみたいな人がタイプなのっ!?」

「へっ!? なんで、そんなこと聞くのっ!?」

「だって、心配するってことは、そういうことなんでしょっ!!」

 決めてかかるリノンの声は、妙に怒気を孕んでいる。

「そんなことないよ! みんな起こさなかったから、ちょっと気になっただけで……」

「あ、なんだぁ」

 気圧されるも正直に答えた悠太に、リノンは何故か安堵する。

 意味が分からず、きょとんとする悠太に構わずリノンは続ける。

「アメリーちゃんを起こさなかったのは、アメリーちゃんを休ませるためなんだよ」

「休ませる?」

「アメリーちゃんは真面目すぎるんだよ。小っちゃい頃から『休みなよ』って言っても聞かなくてさ。いつも倒れちゃうまで頑張っちゃうんだよね……本当はベッドで寝かせてあげたいんだけど、そうしちゃうと今度は泣きながら怒るんだよ? まったく、困ったもんだよね」

 手刀で気絶させる方が困ったものと思えるが、リノンのアメリーを大事に思う気持ちは十分に窺えた。

(ちょっとだけ、アメリーさんが羨ましいな……)

 かつて、自分が立っていた場所――彼女の幼馴染みというポジションに空席はない。

 当然だ。彼女はこのヴェルバリタでリノンとしての人生を歩んでいるのだ。自分の知る理乃のままでいられるわけがない。

 頭ではそう理解しているのだが、何だか胸がモヤモヤしてしまう。

「どしたの、ゆーくん?」

「い、いや、なんでもないよ……」

 リノンがやや不安げに覗き込んできたので、悠太は小さく首を横に振った。

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