3
ジョルジョアンナとの面会を終えた悠太は、『ほうき星』の面々に会うことにした。
どれくらいの期間になるか分からないが世話になるのだ。きちんと挨拶しておきたい。
悠太はリノンに手を引かれ、『ほうき星』の作業場へと辿り着く。
「すごい……」
悠太の口が自然と開いてしまう。
そこは塔の内部のようなところであった。
円形に湾曲した壁と遙か彼方にある天井。中央には巨大な釜があり、下の竈で燃えさかる炎に炙られ、白い湯気を立ち上らせている。
釜の周囲には鉄製の足場が組まれ、二、三十人の魔導士達が上へ下へと動き回っている。
大きな棒で釜の中をかき回したり、竈へ薪をくべて、炎を調節したりと忙しない。
「ねぇ、りっちゃん。みんな、ここで何をしてるの?」
「んとね、魔法のお薬を作ってるとこだね」
「えっ!?」
悠太が喫驚して見上げるが、リノンはすぐに付け加える。
「今日は確か、ポーションの仕上げに入ったんだっけかなぁ……?」
「あ、そっちか」
うろ覚えなリノンの説明に悠太はホッとした。
「ほえ? 『そっち』ってどっち?」
「い、いや、なんでもないよ……」
リノンが不思議そうに覗き込むので、悠太は苦笑して、煮え立つ釜へと目を向ける。
使えば幻覚が見える魔法のお薬を大量生産しているでは? と一瞬たじろいでしまったのだ。
正直、そのようなところに厄介になるのは御免蒙りたい。
「ちょっとだけ覗いてみる?」
悠太の視線を興味津々と受け取ったリノンは、足場の最上段、釜の縁を指し示す。
「いいの? 邪魔じゃないかな……」
「大丈夫だよ! だって、ゆーくんは今日からわたし達の仲間なんだからね! 全然遠慮することなんてないんだよ! ほら、いこ!」
悠太が新しく仲間になったことが嬉しいらしく、ご機嫌な様子でリノンが手を引こうとする。
すると、
「こら、リノン!」
薪をくべていた内の一人がリノンに気づいた。
「いつまで休憩しているのだ! 納期は明日までなのだぞっ!?」
金髪のポニーテールを揺らし、若草色のローブに身を包む長身の女魔導士が駆け寄ってくる。
「ごめんアメリーちゃん」
リノンが〝てへぺろ〟すると、アメリーと呼ばれた女魔導士は青い瞳を鋭くした。
「謝って済むものかっ!? 我々見習いがのんびり休憩など言語道だ、んっ!?」
説教を垂れ始めたかと思いきや、アメリーは悠太の存在に気づき、びくりと身を震わせた。
「……お、おい、リノン」
「なあに?」
リノンが可愛く首を傾げるのに対し、アメリーは素早い動きで悠太を指す。
「この者はどこのどちら様だっ!? もしや、
「攫ってないよっ! あ、でも、ゆーくんなら、どんなことをしてでも攫っちゃうかなぁ」
「誘拐しないでっ!?」
そこはかとない犯罪臭を漂わせるリノンの所為で、無意識に猫耳と尻尾がピンと立つ。
「はぅあっ!?」
「ぬおっ!?」
直視したリノンは悠太から手を放し、アメリーと揃って身を震わせた。
何かおかしなモノでもあるのか、と悠太は振り返るが、何も見当たらない。
「あ、あの……?」
向き直ると、二人は距離を取り、顔を寄せ合って何やらぼそぼそと囁き合っていた。
悠太は、何を話しているんだろうか? と首を傾げた。
すると、またしても悠太の与り知らぬうちに猫耳の片一方がくにゃっと折れ曲がる。
「「ふぁああああああああああっ!?」」
リノンとアメリーが、OBを打ったときのキャディーさんみたいな声を上げ、尻餅をついた。
「えっ!? な、なにっ!?」
悠太は、自分には見えない、見えちゃいけない何かがまとわりついているのではないかと怖くなり、二人に近づこうとする。
しかし、
「ダメっ!」
リノンが押しとどめる。
「ど、どうして? 僕の後ろに何かヘンなモノでもいるのっ!?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「ああ、そういうわけではないんだ……」
二人は首を横に振るが、何故か顔が赤い。
竈の熱気にでもやられたのだろうかと悠太は心配になった。
すると、三度ほど深呼吸したアメリーが立ち上がり、悠太へと歩み寄る。
「もう大丈夫だ……スマンな、思わぬ不意打ちに参ってしまった」
不意打ち? と悠太は再び頭を傾けようとするが、アメリーが口早に続ける。
「いや、気にしないでくれ! 確か、ユー・クンと言ったか? 何の用だ? 誰かにポーションの注文でも頼まれたのか?」
それはなんだか大陸の人っぽい。
悠太は、ちゃんと名乗っていなかったことを思い出し、一歩下がって居住まいを正す。
「その、僕は天野悠太と言います。縁あって、今日からこちらでお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀する悠太。
その馬鹿丁寧な自己紹介は、幼く見える容姿とは裏腹に大人びたものであり、何も知らない者からすれば〝マセガキ〟と不快に感じるかもしれない。
だが、アメリーは、
「……な、なんと利発な……っ!?」
好意的に受け取ったようだ。両手で包み込むように悠太の手を取る。
「名乗るのが遅くなってしまったが、私はアメリー・ブランシュだ。そこのリノンとは物心つく前からの腐れ縁でな。まぁ、私のことは『アメリーお姉ちゃん』でも『アメリー姉様』でも『アメリー
きらりと白い歯が輝く、とても爽やかな笑顔を見せるアメリーだが、悠太の手をいつまでも握り続け離そうとはしない。
間違いなくその気がある。
しかし悠太は全く気付いていない。ヴェルバリタでの握手は長めにしなくてはならないのか、と間違った知識をインプットしていた。
「デュクシッ!」
「ぐはっ!」
うなじに衝撃を受けたアメリーが倒れ、入れ替わるようにして、右手で手刀を作ったリノンが姿を現わす。
「ふぅ、危ないところだったよ」
一仕事やり終えたとばかりに、リノンは額の汗を拭う仕草をする。
「ちょっと、りっちゃん――」
「『お姉ちゃん』とか……」
何してんのっ!? と咎めようとした悠太を無視するリノンは、意識を失ってもなお、悠太の手を放さないアメリーの手を引きはがし、代わりに自らの手を悠太にしっかりと握らせる。
「それこそ言語道断だよ! ゆーくんのお世話は、わたしがするんだからねっ!」
ぷんすかするリノンが動かなくなったアメリーを見下ろす。
気の許せるリノンの世話になる方が精神的にも楽だが、一抹の不安を覚える悠太であった。
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