それから目を覚ましたリノンに滅茶苦茶モフモフされ、失禁寸前まで追い込まれた悠太は、彼女の言う「詳しそうな人」に会うため移動した。

 悠太達が今いる場所は『ほうき星』のギルドハウスである。

 魔導ギルドに属する者は、幹部や既婚者などの一部を除き、ギルドハウスに住み込みで働く。

 そうリノンから説明を受け、向かった部屋は、先ほどのリノンの私室よりも広かった。

 大きな窓を背にした重厚な机の手前には、樹齢ウン百年と推定される切り株がテーブル代わりに置かれ、それを二組の臙脂のソファが挟む。

「むぅ……」

 ソファに座る『ほうき星』のギルドマスター、ジョルジョアンナ・ルーゼンが、向かい合った悠太の話を聞き、とても神妙な顔で悠太の隣のリノンを見た。

「……まさか、お前さんの与太話が本当であったとはのう……」

「ふっふーん! これで〝嘘吐きリノン〟は返上だねっ!」

 どうやらリノンは、理乃の精神を持つことをジョルジョアンナに話していたようだ。これでもかというドヤ顔で、そのはちきれんばかりの胸を反らしては揺らす。

 ジョルジョアンナはリノンの態度が気に入らない様子だが、何も触れず悠太へ視線を向ける。

「ユータと申したな……結論から言うと、ワシにも分からん……」

「えっ? その、知ってるんじゃ……!?」

「ワシも長いこと生きておるが、そのような者は未だかつて見たことがない。お前さんの姿を戻し、元いた世界に還す方法は、残念ながら……」

「そ、そんな……っ!? そんなの、困る…………」

 申し訳なさそうな顔をするジョルジョアンナの言葉に、当てが外れた悠太は力なく項垂れる。

 期せずして幼馴染みと再会できたことは嬉しいし、ファンタジーな異世界に来られたことは、年頃の男子として非常に心躍る。

 しかし、それも〝帰ることが出来る〟という大前提があってのことだ。

 悠太は向こうでの生活を全て忘れ、異世界ライフを満喫できるほど楽観的ではなかった。

 また、このネコミミ姿も問題だ。

 ネコミミは、あくまで二次元の住人である。

 仮に帰れたとしても、このままでは嫌でも皆の耳目を集めることになる。

 マスコミに追われるのは勿論のこと、生物学の研究機関などが、実態調査という名の人体実験に乗り出してくる、ということにもなりかねない。

「ただ……」 

 茫然自失となる悠太を気遣うようにジョルジョアンナが口を開く。

「察するに、こちらへ来たのも、その姿になったのも、全ては黒猫が原因じゃろうな」

「…………やっぱり、これって……そういうことになるんですか?」

「うむ。お前さんは黒猫と同化、あるいは憑依され、異なる世界を跨いだんじゃろう……」

 顔中皺だらけのジョルジョアンナは、口元の皺をさらに深めてみせた。

「ともあれ、行く当てがないのであれば、しばらくおるといい。遠慮はいらんぞい」

「そうだよ、ゆーくん! そうしなよ!」

「う、うーん……」

 今、悠太が取れる選択肢は二つ。

 方法を見つけ出し、キレイな体で元の世界へ帰るか、このままヴェルバリタに骨を埋めるか、である。

 話を聞く限りでは、前者は厳しい。

 だが、やはりヴェルバリタで一生を終えることは考えられない。

 となれば方法を探すしかないが、すぐに見つかるとは思えない。しばらく滞在を余儀なくされることになるだろう。当然、食べる物と雨風を凌ぐ場所が必要となる。

 ヴェルバリタのことをよく知らない身としては、ジョルジョアンナの言葉に甘えるほかない。

「えっと……」 

 悠太は一歩下がって〝気をつけ〟の姿勢を取る。

「その……とりあえず、お世話になります。よろしくお願いします」

 ジョルジョアンナとリノンに頭を下げた。

「うん! よろしくお世話しちゃいます!」

 リノンが悠太を抱きしめる。

「うわっ!? ちょ、ちょっと、りっちゃん!」

 たわわな胸に顔面が押しつぶされることはなかったが、ぎゅっと力を込めてくるので、女子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり、悠太は慌てた。

「決まりじゃな。リノン、ユータのことは任せてもよいな?」

「もちろんだよ!」

 リノンは悠太を抱きしめたまま、力強く肯いた。

「それから、このことは他言無用じゃ。お前さんが異世界から来た者と知れば、利用しようとする輩が出るからのう」

「どうしてですか?」

「身に宿す黒猫もそうじゃが、お前さんが知っとる異世界の知識は、ヴェルバリタで大変価値のあるモノやもしれん。知れば、お前さんを巡って骨肉の争いが起こるぞい」

 確かにそれは分からない話ではない。

 悠太は、こくりと頷いた。

「話は以上じゃ……リノンも、ユータの正体を絶対に他の者に明かすでないぞ?」

「うん、任せてよ! ゆーくんはわたしがこっそり、そして立派に育ててみせるよ!」

 大船に乗ったつもりで、と言いたげにリノンは胸をどんと叩いた。

 悠太は「僕、りっちゃんに育てられちゃうのか……」と渋い顔になった。

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