さようなら、この世界で私に寄り添ってくれた人――。


 わがままな私の気持ちを最後まで受け止めてくれようとはしなかった。

 違う――これは、幻想なのだ。

 そうやって私の心をこの世界に縛り付け、永遠に抜け出せないように仕組んでいる。彼の言葉が、そうだったように、私を付かず離れずの所から見て弄んでいるではないか。

 ようやく、私はそのことに気がついた。

 初めから、違和感を抱いていた。

 違うのだ。私は洗濯機ではない。元は人間なのだ。別の世界に生きていた、人間。

 それが、どんな人間だったのかと聞かれれば、間違いなく答えられないけれど、それでも、人間だった頃の風景や記憶は、胸の中に生き続けている。

 そういった感情を刺激するかのように、同じような記憶を擦り合わせながら、元は人間なのだ、と語る隣人を侍らせて、私をここへと縛り付けているのだ。


 私は、あの世界で生きたい。

 自由に羽ばたいていきたい。


「はやく……私をここから、はやく連れ出してください……」


 今も昔も、この願いは変わらない。

 それを念じるたびに、日が昇り、日が沈み、とうとう、その日を迎えるにあたった。


「こりゃあ軸が随分と緩んでしまっていますね」

「そうですか。治せますか?」


 洗濯機の外から、男性の声と、いつもの女の声が聞こえてきた。

 ようやく、お迎えが来たのだ――。


「待たせて悪かったね」


 洗濯機の外から、男性が声をかける。その男性が、そっと手を伸ばすのだった。


 私は、この時を13年間待ったのだと、感極まっていた。

 ようやく、自分の心が救われる。

 その大きくて温かい手に抱かれながら――私はようやく、「私」に戻れるのだ。


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