9
さようなら、この世界で私に寄り添ってくれた人――。
わがままな私の気持ちを最後まで受け止めてくれようとはしなかった。
違う――これは、幻想なのだ。
そうやって私の心をこの世界に縛り付け、永遠に抜け出せないように仕組んでいる。彼の言葉が、そうだったように、私を付かず離れずの所から見て弄んでいるではないか。
ようやく、私はそのことに気がついた。
初めから、違和感を抱いていた。
違うのだ。私は洗濯機ではない。元は人間なのだ。別の世界に生きていた、人間。
それが、どんな人間だったのかと聞かれれば、間違いなく答えられないけれど、それでも、人間だった頃の風景や記憶は、胸の中に生き続けている。
そういった感情を刺激するかのように、同じような記憶を擦り合わせながら、元は人間なのだ、と語る隣人を侍らせて、私をここへと縛り付けているのだ。
私は、あの世界で生きたい。
自由に羽ばたいていきたい。
「はやく……私をここから、はやく連れ出してください……」
今も昔も、この願いは変わらない。
それを念じるたびに、日が昇り、日が沈み、とうとう、その日を迎えるにあたった。
「こりゃあ軸が随分と緩んでしまっていますね」
「そうですか。治せますか?」
洗濯機の外から、男性の声と、いつもの女の声が聞こえてきた。
ようやく、お迎えが来たのだ――。
「待たせて悪かったね」
洗濯機の外から、男性が声をかける。その男性が、そっと手を伸ばすのだった。
私は、この時を13年間待ったのだと、感極まっていた。
ようやく、自分の心が救われる。
その大きくて温かい手に抱かれながら――私はようやく、「私」に戻れるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます