声をかけたはいいものの、その後何を話すべきかを考えていなかった。

 咄嗟に出た言葉は、本心とは別のところにある言葉だった。


 「いや……その、静かにしてもらえませんか?」

 「……え?」


 なぜだろう、本当はもっと話していたいのに。孤独だった自分に寄り添ってもらいたいはずなのに、と、ソウは思った。

 けれど、本心から声がでない。

 出るのは、正直になれない嘘の自分の言葉ばかりだった。


 「さっきの脱水の時、うごぉぉぉぉって声、ほんとうるさくて仕方なかったです。狭いし声響くので、次はもっと静かにしてもらえると助かります」


 本当は、ちょっと微笑ましかった。


 「脱水? っていうか、お前、拷問されたてなのに、なんでそんなにも平然とした感じを出せるんだ?」

 「拷問!? あっはははは、何を言ってるんですか!」


 確か、自分自身もここに来た時は同じことを思ったような気がした。


 「だって、あれ、水責めか何かだろ!? 水の音がしたし、かき混ぜられていたじゃないか!」

 「ホント何を言ってるんですか、私たち、洗濯しているのだから、水とか衣服が入れられても当然でしょ?」


 今の自分を、受け入れているフリをしてみた。

 そのほうが、ずっと自分は幸せでいられると思った。

 本当は、別の世界のどこかで小鳥のように飛び回りたかったが、今は、隣でグルグル回ってくれている、彼がいるだけで十分だった。

 もう、自分はどこの誰でもない。洗濯機の中にある、洗濯槽のソウだ。洗濯槽でない自分は、自分ではない。一種の自己暗示のようなものを一心に受け入れた。

 その矢先だった。


 「な、なぁ、お前……何者なんだ?」

 「私? 私は、ソウ。洗濯槽だよ」

 「洗濯槽……とは、なんだ?」

 「おかしなことを言いますね……洗濯槽って、洗濯物を洗うための場所。あなたは脱水機。私が洗濯した衣服の水を抜くための場所でしょ」

 「俺はシキだ。脱水機なんかじゃない」

 「あなたは誰がなんと言おうと脱水機なんです。もうかれこれ10年以上やってきたじゃないですか」


 自分の気持ちを、シキという脱水槽に押し付けようとしていたのかもしれない。

 それでも、彼は洗濯機である自分を受け入れようとはしなかった。

 ソウは、ソウの中にあるわがままな考えを振り回して、自分から逃げようとしていた。

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