「なぁ、この前の話の続きだけど……」

「……」


 反応がなかった。

 確かに、先日の度重なる大量の洗濯により、シキですら疲弊していた。

 連日の大雨により、溜まった洗濯物をこれでもかというくらい洗濯したのだ。

 しかも、微妙に湿って、異様な匂いを放つクツシタとかいう物を入れられて……洗濯槽から脱水槽まで臭ってきていた。あんなものをまともに入れられたら、たまったもんじゃないが、そんなものにさえ動じないソウは、生粋の洗濯槽なのだろうか。


 翌日。

 シキは、自分がどこに置かれているのかがわかった。

 いつも蓋を開けに来る女が、シキの蓋を開けっ放しにしてどこかに行ってしまったことがあった。その時見えたのは――青空だった。

 綺麗な青空だった。

 雲が流れていく。大きな雲から、薄っぺらい雲まで。

 いつか見た、草原で寝転んでいたときに見た空に似ていた。

 風が心地よく、草を撫で、緑色の絨毯を敷き詰めたかのように広がる、高原のダンスフロアを、一人の少女がクルクルと回っている姿を思い出した。

 風に煽られて、スカートをひらひらとさせながら、自由に飛び交う蝶のように華麗に舞っていた。シキは、そんな少女の踊りが好きだった。

 それが、今では口うるさい洗濯槽が、薄っぺらい部屋を跨いだところで、変な音を立てながら回っている。これは雲泥の差だ。


「はぁ……」


 シキは、思わず嘆息を漏らしていた。


「……どうしたんですか、今日は。元気ないですね」

「そりゃあ元気もなくなるさ」

「……今日みたいに澄んだ青空を見ると、なんだか踊りたくなりますねっ」

「はは。まぁいつも踊っているようなものだけどな。グルグル、グルグルと……」

「……まぁ、そう言われると、そうなんですけど、ね」


 ソウは、やけに含みのある言い方をしていた。


「あのさ、やっぱり、洗濯槽になる前別の何かだったんじゃないの?」

「……秘密です」

「なんだよ、もったいぶるなよ」

「……」


 お決まりの、だんまり。

 せっかくの青空が、台無しだった。

 確かに、青空に無言はよく似合う。でもそれは、無言ではなく、ある種の共有であるとシキは思っていた。この空を共有しているからこそ、あまりのスケールの大きさに、出る言葉がないのだ。それを知っているからこそ、そんな空間にいるからこそ、一緒にそれを実感することができるからこそ、無言なのである。

 でも、今の無言は、ただ気まずいだけだった。


「まぁ、いいけどさ。俺も自分のこと、話してるわけじゃないし」

「じゃあ、シキさんから話してくださいよ」

「……」

「ほら、だんまり」


 確かに、自分の素性を話そうとすると、急に言葉がでなくなった。

 普通に話そうと思えば、どんな会話だってできそうなのに。


 空は、少しずつ赤く染まっていった。

 暗雲が忍び寄っていることに気づかずに。

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