第10話

「…ねぇ、あなた、何を作る気?」

隣りから佐倉さんが覗き込む。

あの後結局、カップラーメンで済ませようとする彼女を放っておけなかった僕は彼女の家にまた上がり込むことになり、キッチンを拝借することになった。

「サラダパスタ。僕もめちゃくちゃ料理出来るわけじゃないけど、これくらいなら作れるよ。」

ここに来てようやく、僕の今まで培ってきた料理スキルが役立つ時が来たようで、少し僕は得意な気持ちになっていた。と言っても、サラダパスタは簡単なものだけど。

「ああ、コンビニに売っているものね。食べたことがあるわ。私結構好きなの、あれ。」

「へぇ、じゃあ佐倉さんのお口に合うように作れるよう心掛けるよ。」

「ふふ、当然ね。美味しくなかったら野良猫にでもあげるわ。」

野良猫って…。だいたい猫ってサラダパスタ食べていいのか。

手をひらひらと翻した彼女は、そのままテーブルに戻っていき腰をかけると、あらかじめ置いてあった本を手に取り読み始めてしまう。

佐倉さんの住んでいる部屋はメゾネットタイプとなっていて、1階にキッチン、2回に彼女部屋という構造になっていた。

きちんと整理されている1階のリビングは白と金色統一されていて、彼女に相応しい、ロイヤルな雰囲気を出している。


しばらくして、僕がレタスをちぎったり、トマトを切ったりしている間、彼女は無言で本を読んでいた。必然的に2人だけしかいない部屋の静けさは強調され、僕は静まってしまった空気に耐え切れず話を切り出す。

「そういえば、今日もお母さん達はいないの?」

「…仕事。共働きなの。」

「そうなんだ、僕と同じだ。」

「…あなたもなの?知らなかった。」

佐倉さんは驚いたように顔を上げ、僕を見る。

「ああ、まぁね。僕の親は僕の事なんて興味無いから、帰ってこない日もあるよ。」

「…………そう。」

佐倉さんは本を読むことをやめ、じっとキッチンに立つ僕を眺め始めた。

「な、なに?そんなに見られるとなんか恥ずかしいんだけど。」

「……いいえ、寂しいのではないかと心配してあげていたの。」

「生憎僕はもう慣れたからね。寂しいというよりは静かで丁度いいよ。」

「そういう…もの?」

「うん。そういうもの。慣れだよね、やっぱり。」

「ふぅん…。そう…。」

ぽつりと呟いた彼女はゆったりと椅子から腰を上げると、僕のいるキッチンに歩いてくる。

「……なにか、手伝う?」

「…え、ええと、じゃあパスタを茹でてもらおうかな…。」

「うん、わかった。」

彼女にしては珍しく素直な態度だったので僕はあからさまに動揺してしまった。

なんだよ…いつもこうしていればいいのに。なんて少しギャップに驚きつつも、僕は冷静を装いながら彼女に麺を渡し、また調理に戻る。

けれど、彼女は僕の方を向いたまま動かなかった。

やたらと感じる視線にどうすることもできず、僕は気づかないふりをして生ハムをちぎる。ちぎる。ちぎるちぎるちぎる。

な、なんなんだ……声かけた方がいいのか…?

ちぎり終えた後も感じる視線に僕の手は止まってしまい、同時に顔が少し熱くなっているのを感じた。

僕がしびれを切らして声をかけようと決心した時、佐倉さんもまた1歩僕の方へ近寄り、僕の腕に触れる。


「………その…どうやって茹でるの?」



…あぁ……そうだった。

ていうかお湯沸かして麺突っ込むだけなんだけどなぁ……。

僕は何に落胆したのかガックリと肩を落とし、苦笑混じりで佐倉さんに麺の茹で方を教えるのだった。

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