第8話

「……っ、、!?な、何言ってんですか離してください!」

再び顔同士が近くなり僕は思わず佐倉さんをベッドに突き飛ばす。

「……痛い」

「す、すみません…。けど今のは佐倉さんが悪いと思うんだけど……」

未だ心臓の高鳴りが収まらない僕は顔をそらしながら至極冷静であるように振舞った。

「くす、キスするとでも思ったの?馬鹿ね…私の性格をお忘れなのかしら」

彼女は両手をベッドに付いたまま挑発的に、にやにやしながらこちらを見上げる。

この人いつか刺されるぞほんとに。


「さて、思った通りな反応をしてくれて面白かったし、そろそろそこを退いてくれる?それともこんな体勢のまま見つめ合っていたいのかしら」

佐倉さんにそう言われ、僕は初めて佐倉さんに馬乗りになったままだったことに気づく。

相手の思うように弄られた上に退けと言われ、僕の本心としては退きたくはなかったけれど、このまま見つめあっていたらまた何かしら言われるだろう。そう思って僕は黙ってベッドから降りる。

「あなた本当にいつか刺されますよ…」

僕は呆れたような口調で佐倉さんに忠告しておく事で留めておき、未だ広げっぱなしにしてあるプリントを片付けるべくテーブル横の座布団に座る。

「……?…もう帰るつもり?」

「もうプリント終わったし、目標達成でしょ」

「まぁ……そうだけれど…。お菓子くらい食べて行きなさいよ、勿体ないもの」

……確かに。出されたものを殆ど手をつけずに帰るのは流石に小さい頃から礼儀正しいと言われていた僕のプライドに反する。

仕方なく僕は佐倉さんのプリントと僕のプリントをまとめテーブルの端に置き、お菓子を頂くことにした。

「ふむふむ、解答はほぼ正解。上出来ね」

「答え分かってたの…?じゃあ自分でやってよ…」

「嫌よ。書くの面倒だもの」

「じゃあなんで高校通ってんの……」

ベッドから降り、僕が端に寄せていたプリントをさらっと見終えた彼女は、僕の向かいに座って気怠そうに頬杖をつく。

それからテーブルに置かれた籠に手が伸びると、幾つか種類のあるお菓子の中から1口サイズのチョコレートを摘み、口に運んだ。ていうか全部チョコレートなんだけど。

「何?じっと見て。」

佐倉さんの様子を見ていたことがばれてしまい、彼女は目を細める。

「いいや、意外と頭良いんだなぁと。てっきり出来ないから僕にプリントをやらせたのかと思った。」

「ふふ。私をそこらのお猿さんと一緒にしないでもらえる?まぁ、ある程度のレベルなら苦ではないわ。」

僕の褒め言葉が嬉しかったのかわからないけど、佐倉さんはベッドに腰掛け、高慢な態度で脚を組む。すらりと露出する白い脚。見せつけるかのように突き出したつま先。僕は無意識にも、彼女の脚に目を奪われてしまう。こんなんだからからかわれるんだ。

たっぷり、と言っても2秒ほど、その美しさを脳裏に焼き付けた後、僕は目をそらし何も無かったかのようにチョコレートを口に含む。

「そうだ、黒木くん。今度から宿題を一緒にやらない?もちろん、お菓子は出してあげるから。」

「一緒ってなんだ……絶対僕がやらされるやつだよ…。第一、お菓子ごときのためにはここまで来ない。」

「ふぅん?そう。なら、そこの本棚に入っている本を貸してあげる。と言ったら?」

……ふむ…なかなか悪くない。

彼女にしては珍しい、命令ではなく提案だった。ましてや本を人質にするとは……やりおる。

「さぁ、どうするの?」

ほらほら。いつの間にか手に持っていた文庫本を見せびらかすように手首で振る佐倉さんは、にやにやと悪戯っぽく微笑み僕を見下ろす。

「い、1回だけです。仕方ないから。」

「ふふふ……そう。交渉成立ね。」


未だ悪い笑みを浮かべている佐倉さんに、僕は何も言えず頷くのだった。

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