第7話

…………バレないように、近づかないと。


早まる鼓動を落ち着かせ、僕はゆっくりと、されどもしっかりと佐倉さんの寝ているベッドに近づく。


「ん…ぅ……」

「っ、、、」


今の僕は佐倉さんが寝返りを打つだけで、こんなにもびくついてしまう。

だってこんなことをしているのがバレてしまったら本当に僕の人生おしまいだ…。



…………まぁ、単に佐倉さんの寝ているベッドに読みたい本が何故か、何故か置いてあるから取りたいだけなんだけど。

ていうか本当になんであんな所に置いてあるの。




佐倉さんが眠ってしまってから、僕は本棚に置いてある本を手に取り、読み始めた。

けれど、どうやらそれは上下の下巻の方で、本棚の周りを探しても、肝心な上巻の方が見当たらなかったのだ。

特に意味は無かったのだが、ベッドで眠っている佐倉さんを見てみるとどうしたことやら佐倉さんの背中当たりにそれが置いてあるじゃないか。

だから仕方なく、こんなまるで寝ている子を襲うような不審者極まりない行動をしているのであって、決してやましい気持ちは無い。うん、無い。たぶん。




「……ふぅ…」

ベッドにたどり着き、僕は彼女を包み込んでいるベッドに片手をつく。

仰向けに眠っている佐倉さんは、普段なら絶対に見せない、誰も見たことのないであろう寝顔をこんなにも無防備に晒し続けている。

力なく開いている唇、首元から露になっている白い肌、呼吸の度にゆったりと上下する膨らみ。今の彼女はとても美しかった。というか、普段も黙っていれば美しいけど。


時折漏れる吐息に神経を尖らせ、僕は掴むべく目標に手を伸ばす。


……よし、あと少し…。


「んー……」

「!?」


僕の腕がなにやら好ましい感触に包まれた。


「柔らかくて温かくて……なんて素晴らしい感触…。」

……おっと失礼本音が。

まぁ、それは置いておいてどうやら突然寝返りを打った佐倉さんの胸の膨らみに腕が挟まれているらしく、僕は完全に動けなくなってしまっていた。

「ちょ…、どうしよ」

さっさと本をとって離れるべきだろうか。

けれどなにぶん起きられた場合がマジで怖い。

ま、まぁ?今下手に動けば余計に刺激してしまうだろうし、もう少しこの感触を楽しむのもそれはそれで……良いではないか。いやそうしたいそうするべき。


「……仕方ない」


離れてくれるまで待とう。触れているのは不可抗力。つまり僕は悪くないのであって。


当の佐倉さんはというとぐっすり眠っているらしく、気持ち良さそうに うっとりとした表情で瞼を閉じている。

ちら、ちらちら。


…………可愛い。

可愛い過ぎて目が離せない。

なんだこれ、ギャップ萌え?普段の佐倉さんはこんなにも可愛らしいのだろうか。

微かに聞こえる息継ぎ、時折見せるむずがゆそうな吐息。

そんな彼女を見ていると思わず胸が高鳴って来てしまって、僕は目を離せない。

相変わらず押し付けられている胸の感触も相まって、無意識のうちに僕の顔は彼女の唇に近づいてしまっていた。



そのふっくらしていて柔らかそうな唇は、触れるものを全てを包んでくれそうで、僕はもう自分を止められない。

ゆっくり、けれど着実に、僕の顔と彼女の顔が近づいていく。今になって後押しをするかのようなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、僕は もうどうにでもなってしまえば良い。と考えることをやめた。

もうこのまま……



「何をしようとしているのかしら、黒木くん」

「!?」

声に気づくと、佐倉さんは焦げ茶色の瞳を開き、僕を見つめていた。

「寝ている女の子に覆いかぶさって襲おうとするなんて、あなた思ったより勇気あるのね」

「ち、違っ、これは……っ」

佐倉さんが無表情なまま僕を見上げて呟く。

僕は咄嗟に離れるべく、顔を後ろに反らせたのだが、それは叶わない。

彼女の腕が獲物を仕留めたかのように首元に巻き付き、僕をまた引き寄せる。

「あら、じゃあいったいこれは何かしら。…良いのよ?私は黒木くんがどうしても一緒に寝たくてどうしてもいじめて欲しいって言うのなら」

「い、いや……そういうわけじゃなくて!…つい……」

繊細な瞳でじっ、と見つめられ僕は自分の置かれている立場など考えることも出来ず目をそらしてしまう。

「へぇ……、つい、で襲っちゃうのね、黒木くん」

目を見ることすら出来ない僕の唇に指を当て、面白がるように悪戯っぽく微笑む佐倉さんは、さっきまでの天使のような美しさとは違う、悪魔的な美しさ。

「ね、寝顔が…なんか、こう……すごく、可愛くて……。ほんとにすみません…」

僕は考えていたことをそのまま口にしてしまう。実際すごく可愛かったし、何故か僕は嘘をつくことが出来なかった。

「ふぅん……、まぁ…特別に許してあげるけれど」


え、良いの?

そんな簡単に許しちゃって……。

てっきり僕はそれを弱みにズケズケとこき使われると思っていたし、なんなら切腹もする覚悟だったのに。


──と、離れかけた僕の顔に回した腕で僕をまた強く引き寄せると佐倉さんは にたにたと面白がるように再度微笑む。


「……もう離れてしまって良いの?」

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