第6話
全く、困った人だ。
僕は彼女の説得を諦め、仕方なく日本史のプリントを進めることに専念していた。
「ふぅ…」
残り4分の1ほどまで埋め、一息つこうと天井を仰ぐ。
……おかしい。
お菓子持ってくるだけなのになぜこんなに時間がかかるんだ。
あれから結構経ってる。感覚だとだいたい15分程度。お菓子持ってくるってそんなに重労働だったっけこの世界。
なんだか集中力も切れてしまったし、改めて僕は部屋を見渡した。どうやら佐倉さんは読書もするようで、本棚には文庫本や単行本が数多く収められていた。
そこには僕も読んだことのある単行本があり、興味があったけれど、下手に動いて佐倉さんにバレたら、絶対に何かあとで仕返しをされる気がしたので僕は本を読みたい心を鎮める。
それより……。
…………………。
ベッドの上で、佐倉さんの枕の隣に座り、こちらを見つめているクマのぬいぐるみが気になるんだが…………。
なんだあれ……どう考えても佐倉さんの物なんだろうけど、あの佐倉さんが……?
あの冷酷無慈悲のダークエンジェル佐倉さんがあんなキュートなクマのぬいぐるみを…?
実際の人柄的に絶対に持っていなそうなものなので、不思議とぬいぐるみから目を離せない。
いや、何か絶対に裏がある。
これはあれだ。ほら、ぬいぐるみが気になってベッドに上がってしまった瞬間ドアが開いて「何してるの変態。美少女の寝ているベッドだ!ぐへへ…とか言っちゃうのね。まぁ。明日の学校が楽しみね、黒木くん……♪」とか言われるやつだ。ていうか ぐへへ とか言わないけどね。
結果的に、僕はベッドに上がることなくプリントを全て埋めることにした。
全ての問題が埋まり、やっと終わった…。と一息つこうとした瞬間、待っていたかのように扉が開く。
「…お疲れ様。私の言った通り全て進めてくれたのね」
そういって入ってくる彼女の格好はあからさまにおかしい。
いや、いくら自分の家だからってクラスメイト上がらせてるんだよ?しかも男子だよ?
僕の考えなど微塵も考えていないかのように正面の椅子に腰をかける彼女は、黒色の手首に白いフリルのついたワンピースに素足という格好だった。
「あら、どうしたの私をそんなにじっと見て。惚れてしまったの?ええ、許すわ」
くすくすと妖しく微笑む佐倉さんは絶対にわざとだろうと分かるように脚を組む。晒された足は雪のように白く、僕の視線を釘付けにする。
「べ、別に。そんなわけないでしょ。ていうか何で着替えたの?もういいじゃん制服で…」
「あら、制服でする方が良かった?」
「おいその言い方少し変だ訂正しなさい」
にやにやと笑みを浮かべる佐倉さん。
もう悪意しか感じないんですけど……。
「まぁいいわ、御褒美。はい、あーん」
「しねぇよ!?」
「……あら…、もったいない。もう無いかもしれない機会なのに」
「いや、もはや無くていいです…」
佐倉さんはつまらなそうに頬を膨らませチョコキューブを口元に運ぶ。その一つ一つの動作は何故か上品に見え、こうやって黙っていれば美しいのに、と思う。
「黒木くん、凄いわ。私の使ってるベッドが目の前にあるというのに這いつくばらないなんて。シーツも昨日のままにしておいてあげたのに」
「んーその話はもうやめておこうかー。色々良くないからね、うん。」
くすくすと笑みを浮かべ、僕を見下ろす佐倉さんをスルーし、僕は出されたお菓子を食べて気を紛らわすことに徹する。
これが僕じゃなかったらどうなっていた事だろうか。全く………僕紳士、超紳士。
「そういえば、黒木くん」
「なんですか」
「なにか感想ないの?私のこの可愛い姿に」
「自分で言うかそれ…。……まぁ、可愛いんじゃないですか、うん」
まぁ、実際のところすごく似合っているし、不本意だけど結構可愛い。
佐倉さんは ふむふむ、と満足そうに頷き微笑むと立ち上がり、僕の視界の左側に設置されているベッドに腰かける。
「黒木くん、眠いから30分したら起こして」
…は?
「いや、僕帰りますよ?もうプリントやったし」
彼女は僕の言葉なんか全く聞きもせず、横たわり布団をかぶったかと思うと、すぐに寝息をたて始めた。
…え、本当に寝ちゃったの?
30分て、僕はいったい何をしたら良いのだろうか。
家に誰もいない今、僕が勝手に家を出るわけにもいかない。
…しかたないから部屋の本棚に偶然入っている、最近僕が読みたいと思っていた本を拝借するとしようか……。
こうして僕は、勝手に寝てしまった眠り姫の傍らで本を読み始めるのだった…。
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