第5話
あれから僕は佐倉さんの家まで連行され、その日初めて佐倉の家に足を踏み入れた。
妙にそわそわする気持ちを抑えつつ、玄関で靴を脱ぐ。
「お邪魔します……」
先を歩く佐倉さんに続き二階建ての家の階段に繋がる廊下を歩く。
こうやって女子の家に上がり込むのは初めてで、良からぬ考えが脳をかすめるけど、僕は紳士だ。だから全然大丈夫。
「あぁ、言い忘れていたけれど、大丈夫よ。両親ともに今日は家にいないわ」
ぜ、ぜんぜんだいじょうぶ。僕超紳士。
悪戯っぽく微笑む彼女を睨みつけ、僕は深呼吸して落ち着く。
「ていうか一体何が大丈夫なんですかね」
「え…?やだ、そんなことを女の子に言わせるの……?」
「全然大丈夫じゃないし何言おうとしてんですか!」
ほんとこの人いつかやられるぞ……何がとは言わないけど。
そんな事を毒づきつつ歩いていると、二階の彼女の部屋の前につく。
「ここよ。一応言っておくけれど、部屋の写真とか撮らないで頂戴ね」
「あなたは僕をなんだと思っているんですかね」
満足そうに笑う彼女はドアノブに手をかけ、ゆっくりと引く。
彼女の部屋は思ったよりも普通だった。
いや、普通って言うのは僕が女の子の部屋を知り尽くしているみたいで変だから変えよう。僕が想像していたのとは違う、という事だ。黒っぽくてレースの天蓋が付いているようなベッドがあるのかと思っていたら、どこぞの家具屋さんで売っていそうな普通のシングルベッドが置いてあるだけだし、部屋も肌色の壁紙にピンクの絨毯がしいてあると言った感じで、まぁ女の子らしい部屋だなぁというのが僕の感想。
…ベッドの上にくまのぬいぐるみがあるのは触れないでおこう。
「何ベッドをじろじろ見ているの。私の使っているベッドだからって見たいのは分かるけれど見ないでくれるかしら」
「ごめんその発想にはまだ至ってなかったわ」
くまのぬいぐるみのインパクトに気を取られていてそんな事頭の断片にも浮かんでなかったわ。うん。やっぱり僕は紳士だった。
「んで、勉強するんだよね。何やるの?」
「さぁ、なんだと思う?」
「そういえば宿題が出てた日本史のプリントとか」
「……、正解よ」
思うように事が進まなかったのか佐倉さんはむっ、と頬を膨らませつまらなそうに顔をそらした。
「あの、佐倉さん?」
「なに」
「いや、何じゃなくてなんであなたは本読んでるんですか」
「プリントを埋める事なんて1人いれば十分でしょう?」
「…僕見せませんよ」
「なっ…。ひ、卑怯者!」
「いやどっちがだよ!?」
彼女の部屋の真ん中にテーブルを開き、日本史のプリントを進めていた僕はつい耐えきれなくなりそう告げた。
「あぁ、そうだ。今お菓子を持ってくるわね。飲み物は珈琲で良い?」
「そんな気遣いいいのに。じゃあ頂きます。珈琲で良いですよ」
なんだ、気遣いもできるじゃないか。
ちょうど甘い物が欲しかった所だし、僕は少し感心して彼女を見やる。すると彼女は満足そうに微笑み僕の瞳を見つめ返す。
「ふふ、では取引成立ね。プリントの方はよろしく」
「この野郎……」
なにが気遣いだ。僕の馬鹿野郎。
佐倉さんは弾んだ調子で自室を出て、キッチンのある1階へと降りていった。
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