第3話



「ただいま」

そう呟きながらドアを開き家に入る。

わかってはいたが、返ってくる言葉はない。まだ父親も母親も会社で働いているのだ。

疲労からくる痛みに苦しみながら二階にある自室に向けて階段をあがり、部屋についたや否や僕はスクールバッグを放り投げ愛しきソファに飛び込んだ。

心地良いソファの感触に意識を委ねながら、相も変わらず静かすぎる自室に僕は耳をすませる。そうしているうちに意識は遠くなり、僕は深い睡眠へとおちていった。


目が覚めると時計の針は午後九時を指しており、僕は気だるげに自分の分の夕食作りに取りかかった。そのあと季節的にだんだんと暑苦しくなってきた風呂に入り、そろそろ寝ようかと自室のソファにもたれ掛かっていた時、僕のスマホから通知音のような物が響いた。どうやらLIMEが届いたようだった。

こんな時間に誰なんだろうか。

僕はおもむろにテーブルに手を伸ばし、LIMEを開いた。

送信先のプロフィールには佐倉澪と書いてある。ああ、あいつか。

佐倉澪さくらみお。それが今朝から始まり今日一日中僕を振り回した女の子の名前だ。


なになに本文は、っと…。

〖明日、朝8時に迎えに来なさい。場所は今日の桜の木。でなければ…〗

「……。」

なんだか見てはいけないようなものを見た気がしたので僕はアプリケーションを閉じる。

今ちらっと脅迫文みたいなのが見えた気がするんですけど。

仕方なくもう1度アプリケーションを立ち上げてみると、やはり画面に映し出されたものは脅迫文のようなものだった。

〖 明日、朝8時に迎えに来なさい。場所は今日の桜の木。でなければ黒木くんという人にいきなり腕をつかまれ挙句の果てには家に案内しろと言われたと言い振らすわ。〗

なんなんだこれは…。

初日からクラスメイトに脅されるって、なかなか無いどころかもう無いでしょ普通。

「よし、後で考えよう。」

僕はとりあえずスマホをベットに放る。

「というか気付かなかったことにすれば解決じゃないか。全く、僕も馬鹿だなぁ。」

あはははは、なんて1人で笑ながら僕はひとまず明日の支度を整えようと机に向かい、椅子に腰掛ける。

高校用に買ったばかりの新品のファイルや、今日の帰りに買ってきたシャーペンを鞄に入れていると、ブー、とまた僕のスマホはベッドの上で通知を知らせてきた。

ええい、もう休めよ僕のスマホ。

いや、そういえば中学の友達ともLIMEしてたな。

僕はその事を思い出し、流石に友達を待たせるのは悪いか、とスマホを拾い画面をつける。

〖貴方、見たでしょう。〗

……。

僕は何も見なかったことにした。

「さて、支度支度。今日もらったプリントたくさんあったし、しっかり見ておかないとなー」

ブー。ブー。

…通知だ。

もはや恐怖でしかない通知に呼び出され、僕は恐る恐るもう1度画面をつける。

〖別に良いのよ、返事をしなくても〗

〖明日から貴方は美少女ストーカーとして名高い称号を得る事が出来るのね、おめでとう。〗

ストーカーとか言ってるけどむしろ僕がされてたんだが!?

目の前にあの女がいたら一発ぶん殴ってやりたいところだが、今日のあれだけの行動力をみるとあの女はマジで言いふらす可能性がある。

さすがに高校生活どん底スタートとか生き伸びれる気がしない。

僕は慌てて返事を返すべく文字を打つ。

〖行きます!行きますから!〗

彼女からの返事は僕がメッセージを送った直後に来た。

〖あら、そう。なら仕方ないわね。くれぐれも遅刻はしないように。〗

そこで会話が一度切れたので、僕は画面を閉じる。

はぁ……なぜ僕がわざわざ迎えに…。そう考えていた時、またスマホが震える。

〖返事は?〗

〖はい、わかりました〗

返事しなかっただけで何かされそうだったので僕は素直に了承の意を返すしかなかった。





「おはよう黒木くん」

「おはようございます佐倉さん」

翌日、僕が桜の木に着くと既に彼女は来ていた。

彼女はどこか大人っぽく、制服姿からは落ち着きのある雰囲気を出していた。

まだ少し動くと膝が痛むのか、彼女はぎこちない歩き方で歩き始める。

「さて、行きましょうか」

「脚まだ痛むんだね、じゃあゆっくり行こうか」

「何を当たり前のことを言っているの?学校までゆっくり歩いて万が一遅刻した時、道連れになる人を作るために貴方を呼んだのよ」

彼女は何の悪びれもなくさらっとそんなことを言う。

「そんな事言ってると置いてくぞ」

いつまでもお人よしな僕ではない。僕は昨日の仕返しとばかりに、魔女っぽい表情で彼女に言ってやる。ふふふ、言ってやったぞ!

「ふぅん?分かった。お先にどうぞ、美少女ストーカーさん。」

「すみません置いていきません。」

なにこれ理不尽。

「ていうか佐倉さん自分のこと美少女って言うんだね…」

「……それ以外に見える?」

きょとんと、彼女は首を傾げる。

「美少女……っていうのはまぁ認めるけど、なんていうかどっちかっていうと魔女っぽ…」

隣を歩く彼女の表情を見るとにこ、と微笑んでいるのだが、何かとてつもなく冷たく恐ろしいものを含んでいるような気がして僕は言葉を続けることができずに止める。

「ま、まぁ、つまり容姿は美人ですよね…。」

「あら、そう。ありがとう。」

そう言うと、この魔女は満足したかのように不敵な笑みを浮かべて僕を見るのだった。



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