第2話


体育館で行われた入学式が終わり、割り当てられた各教室へ案内され、担任の先生の自己紹介やこれからの授業スケジュールの説明を受け終えると授業終了を表す鐘が鳴り響く。

「─ねぇ。」

どうやら今日はクラスメイトによる自己紹介の時間は無いらしい。

「─ねぇってば」

僕としてはさっさと友達を作って高校生活を良い感じにスタートさせたいのだが、なかなか思い通りには行かな…

「─ねぇ。聞こえてて無視してるでしょう。」

ええぃうるさいな!

「なんですか……」

さっきから僕を呼んでいた少女の方に振り返る。

まぁ、わかっていたのだけどそこには朝会った少女がスクールバッグを肩に背負い立っていた。

「貴方、私を無視するとは良い度胸。シャーペンで串刺しにしてあげようかしら。」

シャーペンで串刺しって…。そんな使い方したら文房具会社の人泣くよ?そのまま働きたくなくなってニートになる未来が見える。あ、それ僕の未来だ。

「あー、聞こえてなかった。うん、もう学校終わったみたいだし、帰ろーっと」

「待ちなさい足、じゃなくて黒木くん。」

「足!?」

聞き捨てならないなこの女……。

「貴方、どうせ暇なのでしょう?それなら、このか弱い私を家まで送ってくれるかしら。朝保健室まで連れていってくれた事は仕方なく感謝しているわ。」

そうだ、僕はあの後結局、腕を掴まれたまま学校まで歩かされた。

おかげで周囲は何事かと視線を送ってくるし、この人の外見が意外と可愛らしい分余計に男子からの視線が恐ろしい。

しかもなんでこの人同じクラスなの。いやそれ以前になんで同じ学校なの。

「もう痛くないでしょ……、1人で帰れるんじゃない?」

「まだ痛いわよ。それに、こんな美少女が一緒に帰ってあげると言っているのだから喜んで帰ればいいの。第一私と一緒に歩いている貴方を見る男子の目、なかなか面白いし」

そう言って彼女は魔女のように微笑む。

それじゃあ僕男子の友達作れなくなりそうなんですけどね。

「嫌だと言ったら?」

僕の発言を聞いた彼女はおもむろにカッターを取り出す。

いや待てカッターは反則。ていうかそれどこに入れてたんだよポケットにカッターって凄いなおい。どこかの物語か。

「ちょっとタイム。フリーズ。わかりましたわかりました帰りますけど腕は掴まないでください。」

「ふふ、分かった。」

確かにこの人は自分で言うだけあって、結構美人だ。

漆黒に艷めく黒髪は背中まで美しく流れていて、黒く澄んだ瞳は見る者の心を全て映してしまいそうなくらい透き通っている。そのくせ肌は雪のように白い。

今朝登校した時なんて、腕を掴まれている男子と掴んでいる女子という如何にもリア充みたいな図を作りだしながら歩いていたせいか、多くの人の目に止まってしまったし、何故か彼女はそれを楽しむかのように、というか僕が困惑しているのを見て楽しんでいるようにわざわざ掴んだ状態で歩くのだ。

おかげで教室に入るや否や、隣の席にいる女子達や前の席に座っている男子達にひそひそと小声で話し合うような仕草を目の前でされ、僕は心底疲れていた。



─のに。



「…あの、なんで袖つかんでるんですか。ていうかここ廊下です、みんな見てます恥ずかしいですやめてください」

「だって腕は掴んでないもの。袖を掴むなとは言われてない。」

反省していない、というか全く反省する気のない彼女は にやにやと邪悪な微笑みを浮かべながら僕を見上げ、そんな屁理屈をいう。

「だいたい、あなたそれで良いんですか……なんか、付き合ってるとか誤解されますよ?そんなの嫌でしょ」

「付き合ってる?何を言ってるの、どう考えてもリードで繋いだ犬を歩かせているようにしか見えないでしょう?」

「いやもはやあんたが何言ってるかわからないです。てかリード?犬?僕人間なんですけど……」

こいつ僕をなんだと思っているんだ。

あぁもう、さっさと学校出ないと僕が心に傷追って死んでしまう。

1秒でも早く帰りたい僕は少し歩くペースを上げることにした。

「ちょっとっ、どこに連れてくつもり…っ!」

「待ってくださいそれまるで僕が誘拐してるみたいな台詞ですおかしいです」

相変わらず彼女はにやにやと笑みを浮かべるだけで、なんの悪びれる様子もなく僕をからかっていた。

ていうかさっきからすごく怖い視線が刺さってるんですけど…誤解ですからね、誤解。

入学式早々から変な噂立てられると困るんだけど…。




周りからの恐ろしい視線の中、なんとか僕は無事に学校を出ることができ、今朝歩いた公園の横に伸びている坂を登る。

坂道が足に響くのか、隣を歩く彼女は足を引きずっていた。

「足、大丈夫?」

「これくらい、なんてことないわ。」

素直に言えば良いだけなのに、彼女は僕の袖を掴む手を震えさせながら自力で歩く。

「……ここでいい。」

「そう?分かった。とりあえず気をつけて帰りなよ」

公園の近くまで来ると、彼女は袖を離し僕に向き直った。

「……ええ。そうだ、ついでにLIMEを交換しましょう。お互い知っておいた方が良いでしょう?」

「え?あぁ………。うん。」

「あと、今日はありがとう」

「まぁ、困ってたんだし仕方ない。いやというか強制的に助けさせられたんだが」

彼女は僕の話など興味なしといった感じで、そこにそびえる少し高級そうなマンションを見上げる。

「あそこが家?」

「そう。じゃあ、また明日。」

LIMEを交換し終え、そう告げる彼女に片手を上げて別れの意を示すと、それきり彼女は振り返らずマンションへと向かってしまった。

「帰るか…」

やっと帰れる。全く変な入学式だったわ。なんて考えながら彼女がマンションに入るまで見送った後、僕はゆっくりと自宅を目指して歩きはじめた。


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