女王と僕の高校生活。
桜之 玲
第1話
─なんで僕はこんな事をしているんだ。
僕は今、とある女子クラスメイトに呼び出され、その子の部屋にいる。
クラスメイトの女の子に呼び出され、しかもそれが家に来いなんて内容だったら世の中の男子大半は喜ぶのでは無いだろうか。いや、かく言う僕もびっくりしたし、少しだけそわそわした。うん、少しだけ。
けれどこの女の子に対してだけは喜ぼうにも喜べない。
「……帰ってきたか。」
すたすたと、誰かが部屋の外にある階段を一段ずつ上がってくる音が耳に入ってくる。
仕方なく僕はさっきまでやっていた…いや、やらされていた宿題プリントを埋める作業を再開することにした。
直後、扉が開く音。
扉の向こうから、白く雪のような色をした裸足の女の子が部屋に入ってくる。
僕は、今の今までプリントを埋めることに一生懸命でしたアピールをする為に背伸びをし、視界の端で彼女を見やる。
片手にお菓子を盛り合わせたプレートを持っている彼女が僕の視界に映る。どうやらこっちを向いたまま動いていないようだった。
なんだ……?座ればいいのに。
しばらく宿題のプリントに向かい合うそぶりをしていたが、僕は頭に浮かぶ疑問に耐えきれず顔を上げてみた。
彼女は入ってきた時と同じ姿勢で、まるでこちらを見てくるのを待っていたかのように、僕と目を合わせてくる。
そこに立ったままの彼女は何か面白いことでも見つけたかのような、悪戯気な笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
……もう嫌な予感しかしない。
─
僕こと
そして今日は入学式の日だ。
入学式ということもあり予定よりも少し早い時間に家を出たのだが、どうやら気が急いでいたらしい。このまま行ったらめちゃくちゃ早く着いてしまって「気合入りすぎ(笑)」とか言われるだろう。
最寄りの駅で電車を降り、どこかで寄り道しようか…、なんてことを考えてみたのだけど、高校の近くなんて今まで説明会とか文化祭程度でしか行ったこともないからどこに何があるかすら分からない。
ずるずると気持ちゆっくり目に歩いていると、何組か学生と家族らしき人が一緒になって僕を抜かしていく。
僕の両親は共働きだし、第一僕に興味が無いので入学式だろうと付いてこない。だから1人で学校に入って、ずーっと1人で時間を待っているなんて僕にとっては公開処刑みたいなものだった。
仕方なく使い慣れたスマホでマップを開く。
ちょっと寄り道というか、探検気分で別のルートで行ってみようと考えた僕は、これから普段通るであろう大通りを逸れた、少しだけ細い道を通って学校へ行くことにしたのだった。
春の暖かな日差しを浴び…みたいな今にも入学式が始まりそうなテンプレ台詞が頭に浮かぶほど心地よい空気を浴び、時折視界を過ぎていく猫を眺め、見たことのない風景を楽しみながら道なりに進んでいくと住宅街のような所に繋がる。
一軒家の2階のベランダで背伸びをしているおじさんや、洗濯物を干しているどこかのお母さんが視界に入り本当に暖かくなったなぁ、なんてほのぼのとした感覚を味わいながら僕は道なりに歩いていく。
ゆったりとした坂道を降りながら右を見やるとそこには小さな公園のようなものがあった。公園の中央には満開の大きな桜の木が立っていた。
その桜の木には何羽かの小鳥が止まっていて、春の朝を感じさせるような声で僕の耳を癒してくれる。
そんな小鳥のオーケストラを聴きながら公園へ向かってみると、その桜の木の下に何かがいる事に僕は気づく。
目を凝らしてよく見ると、どうやら女の子が足を伸ばし木の根元で座っているような背中が目に入る。
なにしてんだあれ。
「あの、大丈夫ですか」
むやみやたらに他人のことに首を突っ込むとろくなことにならないという経験談を中学の頃に体験している僕としては、彼女のこともスルーするべきかたっぷりと悩んだ挙句、結局以前のように放っておけず近づいてしまう。
女の子の背後から声をかけると、今まで背中で見えていなかった彼女の体が僕の視界に映った。
膝より数センチ上に揃えた赤チェックのスカートから白くしなやかな脚が露出していて、思わず目をそらしてしまいそうになる。けれど、その白く華奢な脚に赤い液体が滴っていることに気づいた僕の目はいうことを聞かない。
彼女は脚を怪我しているようだった。右膝から真っ赤な血が、白い肌をゆったりと伝う。
「え、だ、大丈夫?」
思わず再度問う。
こういうのって痛がっていきなり泣いてしまうんじゃないだろうか。
僕は不安と心配で女の子の顔を見ることが出来ずに血の出ている脚を見つめる。
「…じろじろ見ないで。」
……?
…………。
…どうやら僕の耳はおかしいらしい。
なんか凄く冷たい声が聞こえた気がするけど多分聞き間違いだろう。だって僕は心配して声かけたんだし、こういうときは「えっ、大丈夫ですっ!」とか返ってくるはず。
そう思い、僕は確かめるように視線を彼女の顔に移した。
………。
……おかしいのは僕の考えのようだった。
頭の中で想像していたか弱い女の子の面影など一遍もなく、彼女は射殺すような冷たい眼差しで僕を見上げていた。
「ねぇ、聞こえてる?耳ある?」
「あ、あぁ……ごめんごめん、血が出てたからつい…」
僕は苦笑し彼女と少しだけ距離をとった。
「えーっと、立てる?痛くない?」
「痛くないわけないでしょ?まぁ、立てるけど。」
彼女は「はっ。」と馬鹿にする様な言い方をして顔を背ける。
……なんてムカつくやつだ。
五分くらい前のスルーする気であったもう一人の僕に言ってやりたい。お前の考えは間違っていなかったと。
一刻も早くこの女の子から離れてハッピー高校生活を過ごすためのモチベーション作りに取り掛からなければ、最高の気分で入学式を受けられそうにないんですけど。
そう思った僕は早急に別れを切り出すべく声をかけることにした。
「そっか、まぁ入学式には遅れないようにしなよ。じゃ、気をつけてね」
踵を返し本来歩くはずの方向に向かう。
ふぅ、一件落着。もう心配ない。
さすがに入学式前からピリピリしていたら僕の精神が持たないし、そのうち金髪になってかめ〇め波とか使い出すまである。
だいたいどこの高校だか知らない子なんてもう会わないだろう…ぉ!?
─突然腕が引っ張られた。
振り返り見てみると、彼女が立ち上がっていて僕の腕を掴んでいる。
「な、何かな」
「痛いって言ってるでしょう?絆創膏。」
彼女は僕が絆創膏を渡す事が当然だと言わんばかりの言葉遣いで投げやりに言う。
彼女の鞄に入っているのだろうか。
「絆創膏?鞄に入ってるの?」
「違うわよ。鞄に入っていたら自分で取り出すでしょうが。馬鹿なのかしら。」
ば、馬鹿!?
なんなんだこいつ。
…要するに、この女の子は僕の鞄にあるであろう絆創膏を渡せと言っているのか。だが生憎僕はそんなに女子力高くない。残念だったなツンツン野郎。
「あぁ…、悪いけど僕は絆創膏持ち歩いていないんだ、ごめんね?」
そう告げて今度こそ歩き出す……はずだったのにまた掴まれる。
「痛いの。立てるとは言ったけれど歩けるとは言ってない。」
…………は?
何言ってるんだ?じゃあどうしろと…。
「腕、貸しなさい。」
彼女は普通に、家で僕がリモコン貸して。とでも言うような物言いで手を差し出してくるのだった。
お母さん、僕は変人と出会ってしまったみたいです。助けてください。
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