第60話 恐怖!機動ランサム
――激しい雨が、心を震わせる。あの日のように。
「今ッ!!」
ソーン皇帝は刹那に感じた。その巨大なエネルギーを。
「暗黒世界の扉が開かれた!!」
球場にランサムの姿はまだ見えない。だがきっと彼は来るだろう。そういう男である。
「奴が来るか来ないかはわからぬが……このエネルギーは逃せぬ!!」
ソーン皇帝の頭から一筋の光が放たれ、雨雲を切り裂き天を穿った。
そしてその先に時空の割れ目を作り出し、そこから巨大な暗黒の塊が現れた。
ソーン皇帝は天を仰いだ。地上へと降りてくるその暗黒の塊を受け止めるべく、両手を広げた。
地上へ近づくにつれ、徐々に小さくなる暗黒の塊。だがそれは弱まっているからではない。圧縮されているのだ。
やがてそれは、ソーン皇帝の胸部液晶画面へと吸い込まれた。
瞬間――ソーン皇帝の身体は輝き、その内包する巨大な暗黒エネルギーは球場を揺るがした。
「おおおおおおおおお!!!」
ソーン皇帝の身体は、見る間に黒く染まっていく――ブラック・ペッパー君の誕生であった。
バッターボックスのアサミラは、唖然としていた。
今までとは全く異質の力を持ったソーン皇帝。アサミラの額に冷や汗が流れた。震えも止まらない。
「な、投げられる前からビビってちゃしょうがねえ……」
死は恐れていない。だが、死よりも恐ろしい事すら予感させる。
ソーン皇帝はワインドアップモーション。
その動作だけで、観客席の低級魔族を死に至らしめた。
それだけソーン皇帝の発する暗黒電波は強大なものとなっていたのである。
腕を思い切りしならせて、ボールに纏わせる暗黒の輝き――
「シャイニング・フィンガード・ファストボールとはこういうものかぁ!!」
放たれたボール――ストライクゾーン、中央やや内角目掛けて真っ直ぐに伸びた。
(死ぬ……)
アサミラは思った。
(でも、ただでは死なない!! せめてこの球の正体くらいは!!!)
アサミラのスイングは、安打を狙ったものではなかった。せめてバットにボールを――その想いだけを込めたスイング。
だがボールは、バットを避けるかのようにぐぐっと沈み、ホームベースにワンバウンド。
呆気なく、三振を喫した――それがただの三振ならば、誰の記憶にも残らぬ球であっただろう。
アサミラは空振りに体勢を崩している。膝を着こうとしたが、地面を見てそれはならぬとすぐに悟った。
ホームベース上。ボールがバウンドした位置に、ブラックホールが出来ている。
詳しい原理は分からない。しかしそれが何処とも知れぬ遠い場所へと繋がっている事は本能として察知出来た。
(俺が消える訳にはいかない……! 死ぬのはいい、死体でも守備にはつける……だが、消えるのは駄目だ!!)
必死に脚に力を入れて踏ん張った。
そんなアサミラの努力を嘲笑うかのように、ブラックホールは重力を発生させ彼女を吸い込もうとした。
「ぐ、おおおおおおお!!」
それを見てソーン皇帝、不敵に笑う。
「消えるがいい、ヴェストレーヴェ隊の三番打者よ……!」
「おおおおおおおお!!」
その重力に抗うには、アサミラとて華奢過ぎた。
「うおおおおおおおおお!!! ここで、こんな所でえええええ!!!」
為す術が無かった。
踏ん張りを効かせた地面ごとブラックホールへと吸い込まれ、アサミラはその中へと消えていった。
「……フ」
ソーン皇帝、口元が緩んだ。
「死んだか」
「甘いな」
「!?」
その聞き覚えのある甘いヴォイス――ソーン皇帝は一瞬現実を受け止めきれず、しかしその事実に恐怖すらした。
「その程度で、僕達は倒せない!!」
数秒にも満たぬ出来事であった。
飲み込まれたアサミラを抱えながら、ブラックホールから地上へと出てきた男――ランサムがいた。
「ランサム! や、やはり来たか!! だが、もう遅い!!!」
「それはどうかな……まだ試合は終わっていない!!」
同じ頃、ベンチにはマキータが戻ってきていた。
「マキータさん!? 何処に行ってたんですか!」
「ランサムと、共に暮らしていました」
「は? ラ、ランサムと……?」
疑問部を浮かべるヤマカを置いて、マキータはそのまま、ブルペンに向かった。
アウトを宣告されたアサミラからバットを預かり、ランサムは打席に立った。
ソーン皇帝は、自身に蘇った“恐怖”という感情を必死で抑え込もうとしていた。
(世界の覇者たる者には……一片の恐怖があってはならない! 私は絶対に打てないボールを投げられるのだ!!)
しかしバッターボックスのランサムを見ればどうだ。その威圧感は人間が発して良いレベルを超えている。
その黄金のオーラはソーン皇帝の暗黒電波を相殺し、敵である筈の観客すらも守っていた。
「ええいランサム!! 貴様に私の球は打てぬ!! 無様な空振りを見せるがいい!!!」
ソーン皇帝の投球。
それはあの、平行世界のストライクゾーンを通る不可打のボール――の、筈だった。
「ファーーーーール!!!!」
球審のコール。
打球を目で追うランサム。
俄に信じていないソーン皇帝。だが打球は、確かにファールゾーンを転がっている。
(あ、当たった? 私のボールが?)
有り得ないのである。
ソーン皇帝のボールは、投げた瞬間にはコ―スが確定されていない。
内角・外角・高め・低め・真ん中あらゆるコースを通っているボールが平行世界に存在し、バットに当たらないコースを通ったボールが現実として収束するのである。
トガーメの打席では平行世界のランサムのバットがヒットを打ったが、現状それは不可能――であるとソーン皇帝は理解していた。
今、ランサムに投げたボールも、バットに当たらないコースを通った現実へと収束している筈なのである。
だがランサムは、まるで“絶好球を捉えきれなかった”とでも言いたげに、バットを見て首を傾げていた。
ボールを受け取りソーン皇帝は再び構えた。カイとのサイン交換、そして投球。
「今度は純度100%……完全に別世界線を通るボールだ!!」
「待っていたぞ、そのボールをッ!!!」
打ち直し――と、言わんばかりのランサムのフルスイング。
それこそは紛れもなくソーン皇帝のボールの餌食、の、筈だった。
「もらったぁ!!」
「何ぃ!?」
快音が響いた。
ランサムの美しいフォロースルー。
投球後の体勢のまま呆然とするソーン皇帝。
静まる球場。
「見事でござる、ランサム殿」
ベンチのオウカは、打球の行方を追うまでもなく確信していた。
そして打球は切り裂かれていた雨雲の、その遥か向こうにまで消えていった。
「ホームランだ……ソーン皇帝!!」
それ即ち、同点打である。
4-4……試合は再び、振り出しに戻った。
「な、何故だ……何故……!?」
プライドを打ち砕かれたソーン皇帝は、脳の回路をフル回転させ可能性を探った。
そしてある一つの結論に辿り着いた。
ブラックホールから出てきたランサムが、黄金オーラを纏っていたという事実……。
「まさかランサム……お前はこの打席、遂に完全なる“打率10割”バッターと化したのか!!」
今までも限りなく10割に近いバッターだったランサム。
だが今は“近い”だけではない。完全なる10割バッターとして覚醒したのである。
ボールがどんな平行世界を通ろうと、どんな未来へと分岐しようと、打率10割ならば必ず打つ。“ランサムが凡退する”という未来には決して到達出来ないのである。
技に溺れ、敬遠という策を完全に消し去っていたソーン皇帝の驕りが齎したホームランとも言えた。
「その通りだ、ソーン皇帝……僕は暗黒世界であらゆる乱数を調整し、そして肉体と精神を極限まで鍛え上げ、理論打率10割となって帰ってきたのだ!!」
「き、貴様!!」
「これぞ…………ファイナル・デスティネーション・ランサム!!!」
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