第59話 ランサム・リゾート

 そして打席にオウカが立った。

 前半戦はチーム打点王。彼女のワンマンチームとまで言えた。

 変わらぬ威圧感を出しながら、バットを構える。右打。


 オウカは考えていた。トガーメが打てた理由を。

 そしてそれはソーン皇帝も同じ。

(私の球は、確かに平行世界のゾーンを通った筈だ……まさかランサムが?)

 ランサムは消えた。元の世界へと送り返されたのだと思っていた。

 ソーン皇帝は改めて類推する。ランサムは平行世界に消えたのでは? と。

 自らの強大な電波が時空を超え、あらゆる世界に作用を及ぼしているという事は当然知っている。それを利用して世界を掌握してきた。

 だがまだ研究途上の技術である。ランサムの精神が西武ドームに呼応するように、ソフトバンクのケータイに搭載されたバイオセンサーが、未知の現象を引き起こした可能性がある。

(……仕方あるまい)

 ソーン皇帝は自らをエコモードへと移行させた。ボールに電磁波を纏わせる事をやめたのである。世界線を利用しない投球へと切り替えた。

 それは、エコモードでも打ち取れるという自信と、そして驕りがあったからでもあった。

「死ねぇい!!」

 ソーン皇帝の渾身のストレート――

「見切った!」

 その球に対して、オウカのフルスイング。復帰第一打席にしての積極的なスイング。

 バットとボールが交差する――そして響いた鈍い音。

 完璧には捉えられていない。ブランクにより勘が鈍っていた。だが休養充分で万全な肉体は、グラウンダーの打球を外野に運んだ。

 それはライト線を転がりフェンスへと到達、長打コースであった。

 一塁ランナートガーメは全力で走り、ホーム生還。

「よっしゃああああ一点差だぜッッ!!!」

 ヴェストレーヴェ隊はベンチから身を乗り出し、トガーメをハイタッチで迎えた。

(そうだ、これだ……この感覚)

 マロンはネクストバッターズサークルから、その懐かしい感覚に浸っていた。

 シーズン前半。大きく負け越しはしていたが、その間の少ない勝ち試合。オウカの一発で勝利をもぎ取る事が多かった。

(しかし何故だろう……すごく遠い日のような気がするな……)






 2014年7月16日。

 それは運命の日だった。

「ランサム。もう我慢できない、君は戦力外だ」

 その日、三打数ノーヒットだったランサム。

 部屋に呼ばれ、編成部長に言われた。

「わかっています」

 ランサムは、深々と頭を下げた。

 その紳士的で潔い姿は、礼を重んじる西武フロントの目にも美しく映ったという。

「ランサム……最後に聞かせてくれ。どうして、君はわざと成績を落としたんだ?」

 そう言われて、ランサムは頭を上げた。

 その目にはまだ、闘志が消えず残っていた。

「いえ。あれが、僕の実力です」


 部屋を出ると、一人の少女が立っていた。

「行こうか、マキータ」

「はい……でもランサム、本当に良かったのですか?」

 マキータの言わんとする事はわかる。

 愛する西武ライオンズに、ランサムは損害を与えてしまった。

 この世界の西武ファンは、未来永劫ランサムを許す事はないだろう。

「いいんだ。マキータ、君だけは僕を理解してくれたのだから」




 西武ドーム室内練習場。

 ピッチングマシーンを置き、ランサムとマキータはその前に立った。

「覚悟はいいかい?」

 ランサムは、マキータの肩を支えていた。

「はい」

 マシーンから、速球が撃ち出される。


(異世界への扉は、衝撃や意識レベル等が関係している訳ではない……そうだろう? セラテリ……)

 ウッツィクァーワの暗黒バットを受けた時に、思い出した。

 あの時セラテリは――ランサムを陥れた時のセラテリは、既に心が沈んでいた。

 ランサムという絶対的なプレーヤーとのポジション争いという、余りにも無謀で不可能極まりない無理難題を前にし、“暗黒”へと落ちていたのだ。

 彼がマシーンに入れたボールには、その暗黒という名の電波が纏わっていた。

 即ち異世界へと通ずるブラックホール――戦力外とされた野球選手達は、誰しもがその可能性を孕んでいるという暗黒世界の扉。






 ――そして試合は、既に6回の表。

 スコアは4-3、1点のビハインド。

 バッターボックスには、アサミラが立っていた。

「ファーーーール!!」

 粘っていた。傷だらけの身体で。

「……フン、馬鹿な女だ。これ以上粘れば死ぬぞ」

 0-2のカウントから既に七度のファール。

「……だったら……例のボールを投げればいいだろう?」

「……」

 ソーン皇帝は恐れている。平行世界のランサムによる打力介入を。

(私が平行世界へと投げたボールを、平行世界のランサムが打ち返す……それでは、全打者がランサムとなったようなもの……)

 故に、この打席は真っ当に打ち取る必要があった。

 ソーン皇帝の言う通り、アサミラには限界が近づいている。いや、既に超えていると言っても過言ではない。

 だが、次打者のランサムがまだ消えたままである。このまま打席が回れば、代打を立てるしかなくなる。

 ランサムが帰ってくる保証は無い。だが、諦めたくはなかった。

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