第56話 ランサム世界の門
「ランサム三振! 西武、チャンスを活かせません!!」
2014年ペナントレース。
西武ライオンズは6月に入っても、上昇の目が見られなかった。
4月から大きく負け越したチーム。長年に渡り常にパ・リーグのトップを走り続けたチームが、最下位に甘んじていた。
「助っ人が大外れだったな……」
そんな評が飛んでいた。
打率が2割に沈み、期待されたHRもここまでで僅か1本。さらに怪我もし、前線から退いていた。
「ランサム……悪いが、君はもうクビだ」
そう、言い渡された。
(ここは……元の世界だが少し違う……別の世界線のライオンズ!)
ソーン皇帝が開いた別の世界線の扉。そして暗黒のオーラに呪われたランサムは、時間も空間も超え、西武ライオンズが暗黒時代を迎えたパラレルワールドの2014年へと飛ばされてしまっていた。
物理学的にはシュバルツシルト面外に於けるYOKOHAMAの優勝確率、即ち観測不可能な領域への接続を、超精神世界(非オブザーバブルの状態)による暗黒によって可能とされた状況下にある。
野球チームの暗黒時代とは物理学的にはブラックホールと同義であり、性質も同じである。
ランサムを覆う暗黒オーラがブラックホールと化した為、西武ライオンズが暗黒時代へ突入した世界線へと飲み込まれたのである。
本来の世界線であれば、西武ライオンズは毎年常にAクラス、優勝争いをしているチームである。Bクラスへと落ちる事はありえないのである。
「この成績に加えて怪我での離脱……もう、国に帰ってもらって……」
戦力外通告……だが、ランサムにはやらなければいけない事がある。
「待ってください!」
「何だね? 移籍先でも探すつもりか? 君を欲しがるチームなんて無いだろうが」
「いえ、そうじゃありません……あと一ヶ月……いや、半月だけでもいい! 僕を、打席に立たせてください!!」
当然断られた。だが何度も食い下がった。
異世界のツツーミ王国を救う為、絶対に引き下がる訳にはいかなかった。
――たとえ、ダメ外国人の烙印を押されようとも。
――ランサムが消えた。
ツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊の精神的支柱が、忽然と消えた。
それは何と殺風景な光景であろうか。ランサムのいない世界など、花弁を失くした薔薇のよう。
ウッツィクァーワのバットは大きく宙に飛び、弧を描いてファールグラウンドへと落ちた。
ランサムがいた場所にはボールと、主人を失いボールをこぼしてしまったグローブだけが残った。
「モ、モーリィ!!」
「わかってるなぅ!!」
モーリィが地面に転がりながらボールを拾い上げた。
雨のグラウンドコンディション、泥に塗れた。
既にスタートを切っていた三人のランナー、三塁ランナーはホームインしていた。
モーリィはバッターランナーのウッツィクァーワをアウトに仕留めようと一塁へ送球。
「アウトォ!!」
そのジャッジを聞いて小さくガッツポーズ。
だがファーストのヤマカ、慌てた様子で本塁を見ている。ボールは手にしている。
「モーリィ! ランナーがもう一人帰ってきてる!!」
言われてモーリィ、自らの一瞬の気の緩みを知った。
(しまった……でも、ランサムがカバーに……)
振り返って、ハッとした。
そうだ、ランサムは今しがた目の前で消えたではないか。
これまでチームを引っ張ってきたランサムの消失。モーリィの……いや、チーム全員に言いようのない不安を与えている。そして当然、それを現実として受け止められていない選手もいる。
しかしゲームは止まらない。野球とは斯くも過酷な戦いなのである。
本塁はがら空き。
その守備の穴は、まるで心の穴のよう。
「セーフ!」
モーリィはヤマカからの返球を受け取ったものの、間に合う筈がない。
結果的に二人のランナーの生還を許し、一気に同点に追いつかれた。
マウンドに集まった、ランサムを欠いた内野陣。
同点に追いつかれ、ワンナウト3塁。
その絶体絶命のピンチに、ランサムがいない。
誰しもがうなだれたまま、声も出せずにいた。
「あの……おまたせ、しました……」
沈黙が続くマウンドに、トガーメが来ていた。
状況が苦しいのはトガーメには分かる。火消しが必要な事も。
「トガーメ……ごめん、追いつかれちゃった」
ユーセーが、トガーメにボールを渡した。
声には力がなかった。
「……大丈夫だ」
アサミラが遂に口を開いた。
「まだ同点、ここを抑えれば勝ちの目はある! マキータだってもう肩を作ってるんだ」
「え? マキータさん?」
トガーメが、疑問符を浮かべていた。
その反応は、アサミラには予想外であった。
「さっきブルペンに行っただろ? マキータ」
「いや……会わなかった、けど…………」
「はぁ!?」
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