第57話 黒いランサム
あの時、ランサムは何処にいたのだろう。
頬を伝う雨は空虚さを喩い、誰よりも敏感なマキータにランサムのいない不安感を募らせる。
時々彼が消えてしまう事をマキータは理解していた。
ランサムは別の世界の住人……元の世界へと戻る事が自然なのかもしれない。
だからこの世界にいる時だけは少しでも長く彼を感じていようと、可能な限りランサムを近くで見ていた。
法則性を知ろうと思った。ランサムが消える、その条件を。
(電波……)
ウッツィクァーワが投げ捨てたバットを、人知れず拾っていたマキータ。
それはまだ暗黒のオーラを纏っていた。光を電波の一種とするならば、暗黒とは電波無き状態。
だが暗黒には暗黒のエネルギーがある。それは電波状況とも密接に関係している。
事実、この暗黒エネルギーにより、ソフトバンクのケータイが繋がりにくい状態が一時的に発生している。
(この世界にはまだ、誰も知らない“力”がある……)
マキータはバットを抱きしめた。
強く、強く……。
マウンドのトガーメは投球練習をしていた。
ゆっくり、ゆっくりと。
雨を理由にマウンドを何度も馴らし、出来る限り時間をかけた。
やがてそれにも限界が来て、バッターボックスに打者が入った時。
サードに、人の気配を感じた。それはランナーではない、守備の人間。
トガーメはサードを見た。
「……待たせた。すまぬ」
そこに立っていたのは女オーク、オウカ・ワーリだった。
「いや……ありがとう。助かる……」
これでいいんだ、と、思った。
ランサムが現れる前は、これが普通だった。
鷹の国による経済制裁の影響で、チームから主力は流出し、遂に女だけしかいないチームになった。
オウカが膝の故障で離脱した時、皆このシーズンを諦めた。
“せめて、終盤にでもオウカが復帰してくれたら”
それが最大の願いの筈だった。
だからこそ何を落ち込む事があろう。在るべき姿に戻ったに過ぎないのである――トガーメは、そう思った。
それでも、チームは救世主だったランサムを忘れられない。
形式上ランサムをセンターに守備変更し、アキヤを離脱させている。即ち、センターはがら空きの状態。
試合再開。
トガーメは深呼吸を一度。そうしてから打者に体を向けた。
一球、二球と投げ込み調子は悪くない。1ボール1ストライク。
三球目、外角のボールを引っ掛けさせ内野ゴロ。打球はサードに飛んだ。
オウカは復帰すぐとは思えぬ軽やかで危なげない守備で、サードのランナーを目で止めファーストへ送球、アウト。
(大丈夫、やれる……)
次のバッターが打席に入る。
6番、アッツォ。
――7月3日、日本ハムファイターズ戦。
二ヶ月ぶりに復帰したランサム。
誰にも期待されていなかった。どうせ4タコ、併殺じゃなきゃ儲けもの……そう、思われていた。
第一打席は空振り三振、大宮球場は溜め息に包まれた。
(これが、僕か……)
暗黒が染み付いている……そう思った。
確かに元の世界線の2014年、ランサムは思うような成績を残せていない。
打率は0.375、HRは45本。ランサムのポテンシャルを考えれば物足りないと言わざるを得ない。
だからこそその年のオフは特段の訓練を積んだ。埼玉の為、西武ライオンズの為。
この世界線に飛ばされた時から、ランサムには違和感があった。
それは暗黒という名のブラックホールによる重力干渉。
ランサムは今、高重力下での野球を強いられている状況である。
(だが……そんな事は言い訳にならない!!)
続く第二打席。
ランサムが打席に入った瞬間球場中に広がる、諦めの雰囲気。
(暗黒が僕を捉えるのなら、それ以上に強いスイングをすればいい!)
「打ったぁぁぁぁぁ長打コース!! ランサムタイムリーツーベース!!!」
重力すらも飼い慣らす。ランサム程の男なら、それすらも可能なのである。
「まるで別人じゃないか!」
誰もがその力強さに目を見張ったという。
二ヶ月の休養の間に何があったのか、どんな練習をしたのか。
あのスイングスピード、的確なバットコントロール。もはやバッティングを極めたとしか思えない。
だが、ランサムはまだ満足していない。
本当に必要なスイングにはまだ遠い。
イグノラビムスすらも確定させ得る、超人類的なスイングを目指していた。
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