第53話 決戦の場所ランサムへ

 鷹の国ヒューマントラフィックドーム。

 そこに至る道は、ワイバーン空港より続くたった一つの幹線道路しかない。


 鷹の国、ぱげトピア通り。

 試合中は観客の制限の為に検問が敷かれ、封鎖されている。

「暇だな」

 見張りのトロールが呟いた。

「そう言うなよ、仕事だ」

 相棒もトロール。二人で検問をしているが、誰も来やしない。椅子に座って紫煙を風に揺蕩わせていた。

 フォーマルな鎧にアックスで武装している。そんなトロールを相手に検問突破を試みる輩などいない。気は緩んでいた。

「今頃、ツツーミ王国の奴らを血祭りにあげてるんだろうな……」

 球場では、何度も破壊音と歓声があがっている。それを聞けば、血が騒ぐ。仕事を投げたい衝動にも駆られる。

 誰だって仕事もせずに、毎日野球だけを見て生きていきたいものなのである。それは異世界でも変わらない。

「優勝が決まる最終戦……ああ、なんだってこんな日に当番なんか…………ん?」

 と、霧揺らぐ道の向こう。人影が一つ、向かってきていた。

 トロールはやれやれと立ち上がり、煙草を捨てる。

「止まりな! 今は試合中だ、ここは通れねえぜ」

 しかしその言葉には従わずに、人影は近づいてきた。

「……てめえ、女オークか」

 遠目には見えなかったが、近づいて見てみれば緑色の肌をしている。

 白の道着に真っ赤な袴、そして鉢金を頭に巻き、右手にはバット。堂に入ったその歩き姿には、風格が漂っていた。

 トロールの目前で、立ち止まった。

「通してくださらぬか」

 落ち着いた声だった。

「それは出来ねえ。帰ってくれや」

「某、試合に出る身でござる。時間がない」

「そう言って通ろうとうする奴もいる。選手だってんなら何か証拠になるものを出しな」

「……」

 言われて女オークは、袴を捲りあげた。膝の上まで。

 一瞬面食らったトロール達だったが、そこにあるものを見て全て悟った。

「膝に七つの傷……まさか貴様!」

「ツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊内野手、オウカ・ワーリにござる」

「ふ……」

 それを見て、トロールはむしろ笑った。

 いや、自らの幸運を喜んだ。

「なら尚更通すわけは行かねえ! ツツーミ王国の主砲を殺ったとなれば俺も成り上がれるぜ!!」

 トロール達が、アックスを振りかぶった。

 オウカ・ワーリの首級を上げれば、皇帝の直属になる事だって可能。

「……仕方あるまい」

 オウカは、バットを構えた。

 振り下ろされるアックスをスウェーで左に避け、右打席をイメージ。なればそのアックスは、投げ下ろされたボールと何も変わらない。

 そして、オウカはフルスイング。

 二つのアックスを軽々と受け止め、そして打ち返した。アックスは、トロール達の遥か後方まで飛ばされた。

「……!!」

「通らせてもらうでござるよ」

 悠々と、球場へと向かっていった。






 球場では血で血を洗う試合が続いていた。

「アウトォ!!」

「な、何ぃ!?」

 一塁走者のモーリィにアウトが宣告された。牽制によるものだった。

 だが、納得がいかない。

「審判! 今の牽制はどう見てもボークなぅ! 足を向けていない、プレートを外していない! 何処に目ぇつけてやがんだなぁぅ!!」

 理不尽さを感じた故に、やんちゃ時代の血が若干燃えたモーリィ、しかしジャッジは変わらない。

「くくく、何処に目をつけているとはこっちの台詞だ」

「何!?」

 言われてマウンドに目を向けたモーリィ。

「私の足元をよーく見てみろ」

「足元……ハッ! う、浮いている!」

「そうだ! ボークにはならぬ!!」

「くっ……!」


 その後ヤマカも三振を喫し、チェンジ。

 流れを掴みきれなかった。




 直後の四回裏に、ユーセーは相手打線につかまった。

 1,2番に連打を浴び、3番に四球を与えノーアウト満塁。

 打席には、四番ウッツィクァーワ。

 敵はソーン皇帝をベンチに迎え、決死の覚悟でいる。怠慢なプレーを見せればアクロス福岡に埋められてしまうだろう。それは鬼気迫るバッティングを生んでいた。


 ベンチのマキータは立ち上がった。

「ブルペンに行きます」

 肩を作る。それはユーセーの出来云々ではなく、当初からの予定。最終戦は総力戦。

 即ち之やるかやられるかの徹底抗戦の意でもあり、試合後そこに屍の山を築けども、勝利の為なら惜しくもない。

 さりとて犬死は本意ではなく、最善を尽くしたいのは誰しも同じ。


 ブルペンでは、既にトガーメが肩を作っていた。






 ウッツィクァーワの打席。

 3ボールノーストライクからのど真ん中の直球を見送り、1ストライク。

(さっき、情報が入った……)

 検問所からの情報。

(オウカ・ワーリがここへ来る……とすればサードに入るだろう。ランサムはサードから外野に守備位置を変えるに違いない)

 五球目。低めのボールをファールでカット。見逃せばボールであっただろうが、敢えて手を出した。

(ランサムを殺せる機会は……ここしかないッ!)

 ユーセーの投球と同時に、ウッツィクァーワはバンドの構え。

「!!」

 虚を突かれたヴェストレーヴェ隊、だがランサムだけは反応していた。その強靭な脚力で以て、猛チャージをかけていた。

「来ると思ったぞランサム!」

 ウッツィクァーワは刹那にバットを引いた。

 ランサムを目前にして、ヒッティングに切り替えたのである。

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