第54話 憎しみが呼ぶランサム
「バスターか!!」
既にスタートを切っている三人のランナー、だがウッツィクァーワの目に映るは憎きランサムの姿のみ。
目先の一点や二点、ランサムを葬る事に比べれば些末な事。主砲一つ死ぬだけでチームは瓦解する、野球とは戦争なのである。
ランサムは猛チャージにブレーキをかけていた。だが、鍛え抜かれたその脚力が裏目に出た。既に右打席に入っているウッツィクァーワの目前に迫ってしまっている。
「死ねえぇぇい!!」
見逃せばボールの内角の直球、腰を引かせる為の月並な配球。読み切っていたウッツィクァーワは振り抜いた。
ボールを芯で捉え、だが決して打球を上げない。目前にいるランサムに向けて弾き返す。
距離にして、僅か数十センチ。
ウッツィクァーワの打球はただの打球ではない。
恨み、憎しみ、怒り……あらゆる負のオーラを内包した、暗黒属性の打球である。
そのドス黒い打球がランサムを襲う。
ランサムとて凡夫に非ず、神域とも称される超絶なる反応でグローブを出し、打球を受け止めた。
だが。
「こ、このパワーはなんだ……! この暗黒のオーラは!!」
それは、まるでブラックホール。ボールが纏うオーラは、ランサムが今までに経験した事のない漆黒の闇であった。
「死ね、ランサム!! 死ねええええええええええ!!!」
バットを、投げた。
――十年前。
浮遊都市YOKOHAMA……。
鷹の国やヴェストレーヴェ隊とは全く別種のBaseball LEAGUEに所属するTEAM“YOKOHAMA BayLagoons”を擁する都市……。
醒めちまったこの街に……ウッツィクァーワのBATTINGだけが熱かった……。
「クソ! また負けた!!」
ロッカーに頭を打ち付け、悔しさを滲ませるウッツィクァーワ……。
これで五連敗……この年のLEAGUE戦も、YOKOHAMAは最下位を独走していた……。
「ケッ、そう熱くなるなよ」
「ムラタ……」
ローカールームの中心のTABLEに座り、酒を煽るように飲む巨漢のオーガ、ムラタ……。三番が定位置のウッツィクァーワの後ろ……四番を打つ男……。
「どうせ俺達は勝てねえ。だが負けても酒にはありつける。だったらテキトーにやってこうぜ」
ガハハと下品に笑い、新たな酒瓶を開けるムラタ……。
……彼の言う事ももっともだった……。
この大陸では、勝とうが負けようが……優勝しようが惨敗しようが、何も変わりはしない……。
ここじゃ野球は戦争なんかじゃなかった……勝者と敗者の間にはなんの格差もありはしない……ただ、名誉の為だけに戦う、そんな健全なBaseball LEAGUEだった……。
「……冗談じゃねえ……」
ウッツィクァーワは渇いていた……。
LEAGUEじゃ首位打者、守備だって外野だろうが内野だろうが、何処に回されたって安定したPLAYを魅せていた……。
なのに、TEAMは何年も最下位……かと言ってそれがどうだって事もない……給料も、待遇も変わらない……応援団ですら、勝利を諦めている……ウッツィクァーワは目標を失い、何の為に戦っているのか分からなくなっていた……。
「俺は勝ちたい! 野球をやるからには勝利を味わいたいんだ!!」
「ケッ、俺達の戦力で何が出来るってんだ」
想いは空回りしていた……。
なんとかしなきゃと思っていても……何も出来る事なんか無い……。
ウッツィクァーワは虚しい日々を送っていた……。
……だが、そんなある日……。
「モーターバイク?」
球団職員からの聞き慣れない単語……。
「ああ。KAMAKURA地方の遺跡から発掘されたらしい。液体燃料を使ってとんでもないSPEEDで走るらしいぜ」
「……」
藁にも縋る思いだった……。
NIGHT GAMEがあるにも関わらず、ウッツィクァーワは、その日の内にKAMAKURAに向かった……。
そこで見た物……それは魂を揺さぶった……。
「これが……モーターバイク」
その神々しさは、まるで別世界の遺物のよう……
馬に似ているが全く違う……足の代わりに前後の車輪……手綱の代わりに筒状のハンドル……鐙の代わりには、ペダル……。
何よりも、全身が鋼鉄で出来ていた……そんなMACHINEが三台……。
発掘現場の近隣の村民は、そのMACHINEを取り囲み、祭事に踊り明け暮れていた……。
「モーターバイクのご加護の元に! モーターバイクのご加護の元に!」
YOKOHAMAにある古い言い伝え……三台の車両がYOKOHAMAを救うという、お伽噺のような伝説……。
信心深い村民達は、それを信じて祭りに狂乱していた……。
言い伝えに出てくる神々の名から、三台のMACHINEはそれぞれ「TAKAGI」「KATO」「YASHIKI」と名付けられていた……。
「俺に必要なのは、あのMACHINEだ!!」
ウッツィクァーワは確信していた……。
気が付けば……祭りの輪を掻き分け……中心へと這い出て……そのMACHINEに跨っていた……。
今夜は……
伝説が蘇る夜さ……
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