第47話 灼熱のランサムから

 そして不安定な足取りのままバッターボックスに立った。

「どうしたランサム、覇気がないな」

「……無駄口を叩くな松坂マッツ、早く投げてこい」

 プレイの合図、そして構えるランサム。

 対して松坂は、長めに間を取っていた。キャッチャーと幾度もサインを交わし、一度プレートを外した。

「何している松坂! 早くしろ!」

「焦るなよ、ランサム」

 松坂はニヤついた顔のまま、ボールをグローブに収めたままでいる。

 苛立つランサム……。松坂を睨むような目つきになっていた。

 と、集中力が研ぎ澄まされたのか、ランサムには松坂の纏うオーラが見えた。

 しかしそれはかつての松坂とは違う、ドス黒く、禍々しいオーラだった。

「……? なんだこのオーラは……?」

 集中すればする程にそのオーラはその目に濃く映り、やがて形を得、ある虚像を浮かび上がらせた。

「あれは……皇帝!? ソーン皇帝のオーラなのか!?」


 外野席、VIPルームの皇帝。ランサムの様子が見えていた。

「くくく気付いたかランサム……松坂はもはや我が眷属よ!」

 その両手に有り余る電波を宿し、その力で松坂を傀儡としていたのである。


『フハハハランサムよ! 貴様等はここで死ぬのだ!』

 ソーン皇帝のオーラが、ランサムに語りかける。

 皇帝はその強大な電波により、遠距離での通話すらも可能にしているのである。

「こ、皇帝、貴様……! 松坂をどうするつもりだ!」

『奴は鷹の国の一員だ、死ぬまでこき使うまでよ!』

「松坂を解き放て! あの子は人間だぞ!」

『黙れ小僧! お前に松坂の不幸が癒せるか! お前に出来る事は何もない。凡退とともに打席を去れ!』


 ようやく投球動作に入った松坂。操られている事に、本人は気付いているのか――ランサムにはそれはわからない。だが、共に生きる事は出来る。


 初球――。

「ボォォルッ!」

 バットが届かない程に、外に大きく外れたボール。

「……くっ!!」

 ランサムは三塁を見た。

 今にも倒れてしまいそうなアキヤが、震える足で立っている。

「あの女が気になるか」

「!」

「くく、わかるぞランサム。お前はあの女を早く治療したい……お前はこの打席わざと凡退して、あの女を一刻も早くベンチに下がらせる事を考えている!」

「……そ、そんな事は……!!」

「見損なったぞランサム! 勝利よりも仲間の命を優先するというのか!!」

 松坂の二球目。変わらず、ストレートだった。

「ストラァァァイ!!」

 ランサムは、見逃した。

「どうしたランサム。打てぬコースではあるまい」

「ぼ、僕は……!!」

 再び三塁を見たランサム。アキヤと目が合った。

 アキヤは全身火傷。しかし、その目の光は一切衰えていなかった。

 いまだ勝利に、そして先制の一点に飢えていた。


 ――僕は、次の投球でスタートします。


 そう言っている。ランサムは、その瞳からそう読み取った。

(そうだ、僕は打てばいいんだ……! 僕の役割はそれだけだ!)

 心でそう決めたランサム。しかしそれでも、無意識下ではまだ迷いが捨てきれないでいる。

 本塁でクロスプレーになったら――自分のせいでアキヤが死ぬ事を、ランサムは耐えきれない。


 結果、半端なスイングになった。見るにそれは、考える限り最悪のスイング。

 低めの球にハーフスイング気味に当てた。打球は地面に強く当たり大きくバウンド、松坂の頭上へと飛んだ。

(駄目、か……)

 心に踏ん切りがつかず、体がうまく動かない。

 中途半端な打席に、ランサムは自らが情けない。


 ――こんな事なら手助けなどするべきではなかった。

 ――中途半端な結果で、迷いを捨てきれぬまま、情けない打球しか打てないのなら。

 ――初めから、彼女達を助けるべきではなかった。


 思っていた、その時。

「何してるんですかランサム! 走ってぇぇぇ!!」

 ベンチから、マキータの声が聞こえた。

 いつも気品高く振る舞う彼女の、高貴なエルフとしてのプライドも捨てんばかりの掠れる程の大声。

 三塁方向を見ればアキヤは既に走っている。

 その傷だらけの体で、必死で。

 すぐにアキヤは、足がもつれて無様に転んだ。しかしそれでも、

「……い、行くんだ……必ず……本塁へ……!」

 這いつくばって、前へ進んでいた。


 ランサムも遂に動き出し、一塁へ向かった。

(何を迷っているんだ、僕は……!)

 約束したではないか、必ず優勝すると。

 目的は一致しているのだ。それ以外の事は、考えてはならない。

 いや、それ以外の事を考えればこそ、勝利へと向かう事こそが最善なのである。

 満身創痍のアキヤは遅い。本塁へ送球されれば容易くアウトとなる。

 ならばランサムは一塁へ向かい、自らを囮とするべきではないか。

(彼女を救うには……走るしかない!!)

 アキヤの決死の走塁は、遂にランサムの心の霧を晴らしたのである。


 松坂が打球をキャッチ。本塁を見て、微笑した。既にタッカーヤはそこにはいない。

「ランサムを殺しに行くか……そうこなくっちゃなぁ!」

 松坂は一塁に送球。当然、ランサムを狙う。

「その技は二度見ているぞ、松坂!!」

 送球を難なく躱すランサム。そして捕球したタッカーヤによる二撃目。

「死ねぃ! ランサム!!」

「甘い!」

 ランサムの走力である。既に一塁は目前。

 迷わずスタートしたタッカーヤはランサムよりも前、一塁ベース真横で構えていた。そして先刻と同じようにグローブで叩きつけようとする。

 ランサムはそこで急減速。その強靭なる下半身により、体をピタリと停止させた。

 タッカーヤのタッチは一度空振る。

「ぬぅ!! だが!!」

 しかしタッカーヤ、その状態からグローブを横なぎに移行。

 ランサムを再びタッチが襲う。

「読めているぞ!」

 ランサムは、上半身を思い切りのけぞらした。低く、低く、それこそ膝から上が地面と平行にならんばかりに。

 そしてその状態から、右足を伸ばし、一塁ベースに触れ――そして、大きく蹴った。

「な、なにぃ!?」

 二塁方向へ。

 そう、ランサムは二塁を狙っているのである。低い体勢で一塁を蹴る事により、タッカーヤのタッチを躱すと同時に二塁へ急加速。さすがの鷹の国ナインもこれは想定外であった。

 体勢を立て直し上半身を起こし、既にランニング姿勢で走り始めているランサム。想像を超えた筋力、そして戦術だが、しかし明らかに暴走だった。

 タッカーヤは急ぎもしない。送球の為、二塁を見た。

 ウッツィクァーアとアイコンタクト――。


 ――ランサムを殺せ。


 言葉無くとも頷いた。

 二塁上空には雷雲。タッカーヤは、高く高くボールを投げた。


「血迷ったなランサム!! 愚かなり!!」

 タイミングは完璧だった。

 ランサムが二塁ベースへ到達と同時に、ボールもその真上に到達した。

 そして。

「死ね! 憎い憎いランサムよ!!」

 ウッツィクァーアがそう言った瞬間。

 稲妻が、ランサムの脳天に直撃した。




 それは先刻の比ではなかった。

 さらに大きい、地面を穿つばかりの落雷――。

(死んだな、ランサム)

 球場内の誰もが思っていた。

 ヴェストレーヴェ隊のチームメイトを除いて。

「……効かない」

 小さな、しかしはっきりとした声。

 ランサムの低く、艶のある美声は誰の鼓膜をも優しく揺さぶる。

 稲妻が落ちたあとの黒煙の中から浮かび上がる、孤独なsilhouette。それは紛れもなくランサムだった。

「ば、馬鹿な……! 直撃の筈だ!」

「効くものか! 貴様等の薄汚れた雷など、僕の肉体を焼く事は出来ない!」

 鷹の国ナイン最大の誤算――ランサムの完全に鍛え上げられたその肉体。それは10億ボルトの落雷すらも耐えきる程だったのである。

 人間でありながらここまで自らを鍛え上げたランサム。それはもはや神の領域に踏み込んですらいた。

(こ、こいつを滅ぼす事は不可能なのか……!?)

 そう思わせていた。




 ランサムは本塁を見た。

 アキヤは、見事に生還していた。

「ウッツィクァーアよ! 先制点は僕達のものだ!」

「フン……これだけの犠牲を払ってたったの一点。吹けば飛ぶような点差だ!」

「皆がくれた一点だ……この戯れに僕達に与えた一点、必ず後悔させてやる!!」

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