第28話 ランサムの瞳に映るもの

 ダイセン共和国アドラーズ本拠地、ギミヤパーク球場。

 現大統領の打ち上げたボールパーク構想により、エンターテイメント性に特化したこの球場は敷地内に様々な娯楽施設も備えていた。

 観覧車と呼ばれる、直立させた巨大な輪にゴンドラを設置し回転させるという乗り物がある。輪の高さは36メートルもあり、都市のランドマークとして親しまれていた。




「あら、マロンさんは?」

 試合開始まで二時間という時になってシルヴィは、マロンがまだ球場入りしていないことに気が付いた。

 責任感の強い彼女は、いつもは若手よりも率先してグラウンドに姿を見せている。

「もしかしたら……まだ休んでいるのかもしれません」

 マキータが言った。

「先日の試合は激戦でしたから……疲れが取れていないのかもしれません。彼女の事ですから、時間までには来るでしょう」

「それと、ランサム様もいませんわ」

「ランサムも?」




 ――その頃。

 マロンは、一人観覧車に乗っていた。ダイセンの街を見ていた。

 観覧車の客にはアベックが多かったが、それを気にする程の若さもなかった。

(あれは本当にカズーオだったのだろうか)

 昨日の事を思い出していた。

 見た目は確かに、間違いなくカズーオだった。見間違える筈もない。あの頃と、何も変わらないまま。

 そう、時の経過を感じさせぬ程に変わらない。

(チームを出ていった事に負い目があるのか……それとも、何かの理由で記憶を失ったのか……)

 考えているうちに、観覧車は一周していた。




 そしてランサム。

 今もって進化を止めない男・ランサムは、更なる成長を遂げていた。

「追い求めていた奥義が、ついに完成したようだ……」

 その奥義を試す場所を探し辿り着いたのは、球場から徒歩数分離れた場末のバッティングセンター。

 施設は古びて客もいなかったが、営業はしていた。

「いらっしゃい……お客さん」

 店員は、痩せた老人が一人だけ。ランサムは訝しんでいた。

「ふふ、見ない顔じゃなお主、観光客かい? 店を見て驚いたじゃろう……」

「……」

 ランサムは店内を見回した。

 それはランサムもよく知る、一般的なバッティングセンターとなんら変わらない。ピッチングマシンすらも見慣れた物だった。

「あれだけの機械があってもこの閑古鳥……豊かに見えるこの国でも、下々の儂らは鷹の国への税を払うだけでいっぱいいっぱいなんじゃよ……」

「……設備は動いているのだろう? 1プレイ、やりたいのだが」

「……」

 老人は無言で立ち上がると、店の奥へと歩んでいった。ランサムも、黙ってついていく。


「ここじゃ……」

「ここは……他と変わらぬようだが」

 連れてこられたのは、一番端のバッターボックス。しかし他と比べ如何程も変わらない。

「球速が違うんじゃよ。ここは一番速い」

「なるほど。しかし何故僕をここに?」

「あんた……この世界の人間じゃないじゃろ」

「! な、何故それを!?」

「あのピッチングマシンを見てもあんた驚かなかった……あの機械は別世界の人間、“キヨハラ”と名乗る男が置いていったものじゃからな」

「! 清原……! そうか、清原が……」

「現役復帰したら建て直してやると言って、時々来てくれるんじゃよ……儂が生きてる間に叶って欲しいもんじゃ」

「店主……」

 ランサムは、言えなかった。清原がもうここへは来れない事を。

 しかし清原は、ランサムの中に生きている。思えば奥義も、清原との戦いが無ければ完成しなかっただろう。


 ランサムはコインを入れ、バッターボックスに立った。

 ピッチングマシンの投げる一球目。

(……速い!)

 ランサムは目を見張った。

 それは機械とは思えぬ程にキレがあり、伸びもある豪速球。まるで、“怪物”が投げているかのようだった。

 ランサムは、一球目を見送った。

「どうした? 辞めるかい……?」

「いや、丁度いい」

 ランサムは構え直した。奥義を試すにはおあつらえ向き、好都合。

 そして、マシンの二球目――






 ギミヤパーク球場。

 試合開始前には、マロンは球場のベンチに入っていた。

 それから少し遅れてランサムもベンチに入った。

 オーダーは、いつも通り。


 マロンのポジションはレフト、打順は二番。

 試合開始と同時に、ネクストバッターズサークルに向かった。


 一回表、ツツーミ王国の攻撃。

 ダイセンは統一されたユニホームで試合に望んでいる。この世界では珍しいチームだった。


 一番アキヤはヒットで出塁。

 マロンにはバントの指示が出された。それを見て、ショートに目を遣った。そこにはカズーオ。

 初球、やや厳しいコースだがマロンはバントした。

 熟練の技である。多少体勢を崩されつつも、狙った場所へボールを転がせる。

 ボールは三塁方向、それもピッチャーのすぐ横を転がっていく。

(マロンさん!? そこは……)

 若いアキヤは転がるボールを心配そうに見ていたが、打球は強くピッチャーはボールに届かなかった。そしてそのまま、ショートの前にまで転がった。

(そうか! セーフティバントを狙ったのか! 流石マロンさん!)

 アキヤはそう思ったが、マロンの真意は違っていた。

 スタメンでショートを守る、カズーオのプレーを見たかったのである。

(カズーオ、君もいい年齢の筈……ショートで全盛期のプレーが出来るのか!)

 二塁は間に合わないであろうタイミング、マロンは全力疾走した。ノーアウト一、二塁となれば、三番アサミラ、そして四番ランサムで確実に先制出来るであろう。

(だがカズーオ、君なら……)

 誰よりも、知っている。彼の淀みなき洗練されたプレーを。いつだって、レフトからショートの彼を見ていた。

 カズ―オは素手でボールを拾うと、倒れ込みながらの送球。力強いボールは一塁手のグラブに収まった。

「アウツッ!」

 マロンの足は、一塁には間に合わなかった。

 否、初めからマロンは分かっていた。本物のカズーオであれば容易くアウトに出来ると。

 在りし日には、

「ベテランになったら、外野手に転向するのもいい」

 そう語っていたカズーオ。

(コンバートの必要などなさそうではないか……)

 マロンにはそう思えた。




 ベンチに戻る途上、アサミラとすれ違った。

「惜しかったな、マロン。でもナイスバントだぜ」

「……」

「マロン?」


 その後三番アサミラもカズーオの攻守に阻まれ凡退。

 そして打席には、ランサムが立った。

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